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ONLINE : The Automatic Heart

[04-01]


 それは夏期補習が確定(妖怪化)した雑談仲間を慰めながら、生徒玄関へと向かっている途中のことだった。
「久賀慎一!」
 不意に俺を呼ぶ声が背後から響いた。
 すでに終業式も終わり、学校には運動部の連中と俺たち特別追試組しか残っていないような時間帯である。校舎は意外なほど静かだったため、その声は嫌になるほど大きく響いてきた。
 おかげで俺たちは全員、なんとなく立ち止まってしまった。
 こうなると無視するわけにもいかない。
「んぁ?」
 面倒くさそうに振り返ると、几帳面そうなガリ痩せ眼鏡の見知らぬ男子生徒が廊下の先に立っていた。
 癖っ毛の無い短い髪は真っ黒なまま。
 肌は青白く、頬は痩せこけている。
 ぶ厚い縁なし眼鏡にキチッと結んだ濃紺のネクタイ。
 半袖Yシャツの裾は、濃紺のスラックスの中にしっかりと入れられている。
 当然、上履きを履きつぶすようなこともない。
 小脇に抱える鞄も、新品同様のキチッとしたものだ。
 なんというか……教師受けが良い優等生って感じの奴だ。
 しかもそいつは、俺を値踏みするように眺めると、
「……ふんっ」
 と、なぜか小馬鹿にするように鼻で笑い飛ばしてきた。
「どんな人間かと思えば……単なるラッキーボーイか」
 その物言いに、俺はムッとしたものを感じた。
 すると傍らにいる雑談仲間が、ぼそっ、とつぶやた。
「あれ……A組の五十嵐(いがらし)?」
 他の連中も不機嫌そうにつぶやきだした。
「あぁ、あの電算部の……」
「テスターだったよな……」
「なんだよ……また事件か?」
「いい根性してんな……」
 どうでもいいことだが、俺の雑談仲間は、あまり素行のよろしくない連中が多かったりする。こいつらの中にいると、俺のほうが優等生に見えてしまうぐらいの連中だ。仲間と言えるほど親しくもないのだが、馬鹿話をする程度の間柄ではある。
 なんというか……不思議と俺は、この手の連中に好かれやすいようだ。連中に言わせると、俺が聞き上手であることが原因らしい。あと、無意味に恐がらないとか、無駄に踏み込んでこないとか、そういうところが気に入られる要因になのだとか。
 それはそれとして。
「ふっ……僕は電算部の五十嵐誠美(いがらし・まさみ)
 優等生様は、見下すように名乗りをあげた。
「君のような人間を誘うのは、正直、どうかと思うんだけどさ。部長が君を呼んでるんだ。来いよ。君に、選ばれた人間になるチャンスを与えてやるから」
「遠慮する」
 俺はゲンナリとしながら即答した。
「って言うか……おまえ、馬鹿だろ?」
 俺の言葉に、五十嵐とかいう優等生様はキョトンとした目で俺を見返してきた。
 一瞬の静寂。
 遠くから蝉時雨と汗を流す運動部のかけ声が聞こえてくる。
「……ぷっ」
「ぷぷっ……ぷははははははははは!」
「さ、さすが久賀!」
「そうそう! これでこそ久賀だよな!」
「やべぇ! あはははは! ストレートだ! さすが久賀、直球ど真ん中!!」
 悪友どもが笑い転げた。
 優等生様は顔を真っ赤にしてプルプルと震え出すが、俺は笑いまくる悪友どもへの対応で忙しい。
「おい……今の、笑うところかよ」
「いや、でも、普通、言わないだろ、そういうこと!」
「ひーひゃっはははは!」
「あはははは!」
「く、苦しいーっ!」
 悪友どもは笑い続けた。
 優等生様はクルッときびすを返し、スタスタと立ち去ってしまう。
 俺は溜め息をつくと、悪友のひとりの背中を軽くこずいた。
「なぁ、電算部ってどんな連中だ?」
「なんだよ、興味あんのか?」
「やめとけ、やめとけ。最近は優等生様の溜まり場らしいぞ」
「そうそう。医者の子供しか入れないって話だぜ」
 そこから生徒玄関に到着するまでの間、俺は電算部の現状に関する意外な話をいろいろと聞くことになった。
 一応、俺は入学時に電算部を見学している。その頃の電算部は、部室に持ち込んだコンピュータを使い、ストラテジー系のLANゲームで遊びまくるというゲーム同好会的なところだった。アクション系が好きな俺は今ひとつ肌があわないと思い、入部しなかったわけだが、その頃の人たちは、どこにでもいる普通のゲームオタクで、特にどうこうという感じは無かったと記憶している。
 だが、この2ヶ月ほどで状況は一変したらしい。そのキッカケとなったのが、異例ともいえる早期の幹部交代だ。新部長は幽霊部員だった2年生。どうやらこいつがテスターであるばかりか、医者の息子で、しかも金持ちの優等生様らしい。さらに、あと2人いる1年のテスターもそれぞれ入部。それまでの部員は次々と退部届けを出し、逆にこの3人と親しい、親族に医者がいる生徒たちが次々と入部届けを出していったそうだ。
「ったく……」
 生徒玄関に到着したところで、俺はガリガリと頭をかき、皆に背を向けた。
「どうした、久賀」
「野暮用」
 俺はそのまま生徒玄関から離れていった。
 その背中に、察した悪友どもが声をかけてくる。
「加勢、必要かぁ!?」
「いらん! 夏休みをボケーッとすごしたいだけだ!」
「なにかあったら電話しろよぉ!」
「俺たち、公園の近くでぶらついてっからなぁ!」
 俺は右手を軽くあげながら、気怠そうに廊下を歩いていった。


━━━━━━━━◆━━━━━━━━


 うちの高校(五稜郭高校)には本校舎の隣りに図書館と呼ばれる建物が隣接している。正式名称は『総合文化会館』だが、1階部分が図書館として機能していることから、一般的には『図書館』と呼ばれている。
 電算部を始めとする文系部活動の部室は、そんな図書館の2階に押し込められている。
 部室の広さは教室の半分程度。中の様子は部室ごとにまちまちだ。
 廊下にまで様々な備品が溢れ出ていることから“文系魔境”と呼ばれることもある。それだけディープな連中が立て籠もっている場所ともいえるが、世代を重ねるうちに、捨てていいものと悪いものの区別が曖昧になり、そのまま少しずつ物が増え、ついには魔境と化してしまった、というのが正しいと思う。
 まぁ、あれだ。
 ゴミ屋敷と一緒だ。
 キレイにするには、誰かが強制的に全部捨てるしかないっていう、例の。
「……さて」
 校舎同様、図書館も静かだった。聞こえてくる物音と言えば、うるさいまでの蝉時雨と、校庭で頑張っている真面目な運動部員たちのかけ声ぐらいだ。
 とりあえず、目の前にあるドアの向こう側からは、物音が聞こえない。
 洋ゲーのポスターがベタベタと張られたロッカーに挟まれているドアには、薄茶けた紙が一枚、剥がれ掛けているセロハンテープで貼られている。書かれている文字は言うまでもなく『電算部』の3文字だ。
(鬼が出るか蛇が出るか……)
 俺はさっさと面倒ごとを済ませてしまおうと、ダンダンダン、とドアの曇り硝子部分を叩いた。
「すんませーん。1年の久賀でーす」
 直後、ドアの向こうに人の気配を感じた。
 何か話し合ったようだが、さすがに聞き取ることはできない。だが、焦った様子で物音をたてたことだけは、俺にも把握できた。
 しばらく待ってみる。
 誰かがドアに近づいてきた。
 ドアを開けたのは、三つ編みに黒縁眼鏡という、どことなく目つきの悪い女子生徒だった。もちろん、制服は校則通りだ。他人を見下すような感じこそ無かったが、優等生であるのは間違いないように思える。
「どうぞ……」
 彼女は消え入りそうな声でそう告げると、ドアを開けたまま、自分は横へと退いた。
 部室の中が見える。
 以前と様子が変わっていた。以前は部室の左右に長机が置かれ、無数の中古デスクトップパソコンと古めかしいブラウン管モニターが並んでいたものだが、その全てが撤去されている。代わりに今は、向かって右手にホワイトボードが置かれ、左手には長机こそあるが、最新式の平面モニターと新品同様のミニタワーが並んでいた。さらに部屋の奥にもホワイトボードが置かれ、その前にはゆったりとした1人用のソファーが置かれている。ソファーの前にはパイプ椅子が並び、まるで講習でも受けるかのように、幾人もの優等生たちが着席していた。
 部員は上座(?)のソファーの1人、その傍らに1人、パイプ椅子に座りつつ身を捻って振り返っている者が6人の計8人――いや、ドアの横に退いた女子も含めると、全部で9名いる。その中には五十嵐の姿もあったが、どういうわけか、五十嵐はソファーの横に立ち、俺を睨み付けてきていた。
 いや、まぁ……さっきがさっきなんだから、これも当然か。
「まさか君から来てくれるなんて、意外だよ」
 王様気取りで椅子に座っていた男子生徒が立ち上がった。
 他が全員、校則通りの優等生様としか言いようのない格好をしているというのに、そいつだけは巻き毛がかった髪を脱色し、ネクタイを外してある襟元には銀のチェーンをぶら下げていた。よく見ると、左右の手には無数のシルバーアクセサリーを付けている。
「さぁ、どうぞ中へ。歓迎するよ」
「遠慮する」
 俺は廊下に立ったまま、両腕を組んだ。
「別にあんたらのお仲間になるつもりで来たんだじゃない。釘を刺しに来ただけだ」
「困るなぁ……この部屋はエアコンが入ってるんだ。開けっ放しにされると、熱気が入り込むだろ? 僕は……」
 偉そうなシルバーアクセサリーの男子は軽く髪をかきあげた。
「こう見えても暑いのが苦手なんだ」
 なんだそりゃ――と思ったが、電気を無駄に浪費するわけにもいかない。俺は渋々だったが部室の中に入り、後ろ手にドアを閉じた。ドアを開けてくれた女子は、少し狼狽えた様子で横に立ったままだったが、俺は構わず、話を続けさせてもらうことにした。
「見たところ、あんたが噂の新しい部長様でいいのか?」
「あぁ、そうだよ。僕は南原輝彦(なんばら・てるひこ)。これでも2年生だよ。先輩に対する礼節ぐらいは守ってもらえるかな?」
「先輩を自認するなら、後輩の躾ぐらいちゃんとしたらどうだ?」
 俺はチラッと五十嵐を見た。
「おまえ――!」
 五十嵐が激昂しかけるが、南原と名乗った部長様が、バッと手を横に出し、制した。
「躾と言ったね? どういう意味かな?」
「初対面同然の相手を見るなり、鼻で笑い飛ばして人を小馬鹿にする、という意味だな」
 俺は右手を腰に当てつつ、小さく笑った。
「あれで電算部(あんたら)の第一印象、最悪になった。そういうことだ」
「なるほど……礼に欠けたことは謝罪するよ」
「部長!」
 五十嵐が抗議の声をあげるが、部長様が目を向けると、五十嵐は畏まった。
「席に戻りたまえ」
「で、でも……」
「いいから戻るんだ。あぁ、新島(にいじま)くん。椅子の用意を。他も左右に分かれてくれ。僕は彼と話がしたいんだ」
 するとパイプ椅子に座っていた6人は、ガタガタと椅子を持ちながら左右に分かれた。ちょうど壁を背にしながら椅子に座る形になったのだ。さらにドアを開けてくれた女子生徒が新しいパイプ椅子を、ソファーと対面する位置に置いた。
「あの……どうぞ…………」
「……ったく」
 俺はガリガリと頭をかきつつ、その椅子にドカッと腰を降ろした。
 五十嵐と新島も左右に分かれた部員に混じる。部長様もソファーに座り、これで俺と部長様が対面する形が整った。
「さて……」
 部長様は足を組みつつ、優雅に微笑んだ。
「第一印象が最悪だと言ったね? それなのに、どうしてここを訪れたのかな?」
「言ったろ。釘を刺しに来ただけだって」
 俺は大きく股を開いた両膝のうえに、身を乗り出すように肘をおきつつ部長様を睨んだ。
「物わかりが悪そうだから、ハッキリ言ってやる。第1に、俺はPVのテスターだってバレることで起きる、余計な騒動に巻き込まれたくない。第2に、案の定、バレた結果として事件に巻き込まれた。第3に、俺はあんたらと人種が違う。どこかの馬鹿が、選ばれた人間がどうのと言ってたが……そんなもん、興味の欠片もない。よって、今後、実在現実(オフ)だろうと仮想現実(オン)だろうと、俺に関わろうっていうなら相応の対応をさせてもらう。以上だ」
「なるほど」
 部長様は余裕げに微笑んだ。
「さすがは《青》のSHIN……と言ったところかな?」
 静寂。
 最初、俺はなにも反応できなかった。

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