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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[12]


 一時間近い宴のあと、ようやく一行は会議を始めた。もっとも話しの内容はクロウがリーナに語り、途中からレイスとマサミが割って入ってきた、あの会話とまったく同じものだった。
「――以上で報告は終わりです」
 バッシュが座ると、レイスは「ご苦労」と言いつつ席を立った。
「まず最初に確認しておくが……我々はこれから第三階層の攻略を始める。異論は?」
 室内は静まりかえった。
「よろしい。では引っ越しだ」
「……はい?」
 同じテーブルに座っていたランスロットが思わず尋ね返した。
「引っ越しって……あの引っ越しっすか?」
「どの引っ越しかわからんが、コロシアムに残してある家財道具全てを運ぶという意味での引っ越しなら、その通り。正解だ。景品は何が欲しい」
「もちろん――」
「リーナは無しだ」
 ランスロットが口を開いたまま止まる。笑いが起きた。
 なお、問題のリーナは、ドア際(ぎわ)でコクリコクリと舟を漕いでいる最中である。しかも、そんな彼女の太股にはクロウの頭が乗っていた。レイスの仕業(しわざ)だ。リーナはしどろもどろになったが、あとは任せると言い残したレイスがマサミと共にその場を離れてしまったため、以後、神妙に膝枕の任を続けていたのである。そのついでに眠りかけているのはご愛敬だろう。
(青春だな)
 と思わずにいられないのは、レイスの中の人が三十一歳だからだろうか。
 閑話休題。
「すでに第二階層の泉の場所はわかっている。泉にはSHOPもある。そこからなら、第三階層の入口まで片道十数分だ。しかし、コロシアムからだと片道四時間、運が悪ければ五、六時間かかる。考えるまでもなく、拠点を移動するしかないはずだ。異論は?」
「はい」
 手を挙げたのは長い黒髪がかきあげた魔術師キリーだ。
「二階のSHOP、コロシアムのSHOPと違ってクリスタルばっかりだけど、それでも移動を?」
「家具類とフード系は買えるだけ買い込む」
「コロシアムは?」
「戻らないのかという意味なら、基本的に“YES”だ。必要とあれば買いだし班を組織するが、それ以外で戻ることはない。そうでなく、コロシアムに残るプレイヤーを放置するのかという意味の問いなら、自治会が機能するようになった以上、彼らに任せれば良いというのが、私の見解だ。これでどうだ?」
「前者だからOK。問題無し」
「他は?」
「はーい」
 今度はポニーテイルのマコが手をあげた。
「あたし、あんまりコロシアムの中のこと気に掛けてなかったんだけど――自治会ってなんなの?」
 一行の中には寝る時以外、第一階層で経験値稼ぎを続ける武闘派がいる。こうした面々は、総じてプレイヤーの間で起こるイザコザを疎んでおり、コロシアムの内情から目を遠ざけるところがあった。しかし、いざコロシアムを離れるとなれば素朴な疑問も浮かんでくる。
 そもそも自治会と呼ばれるものは、何なのか――?
「ふむ」
 レイスは席を離れ、テーブルの間を歩きながら話し始めた。
「今後のために状況を整理しておこう。まず“あの日”のあとだが……生き残ったプレイヤーは推定で四千名ちょっとだと考えていいだろう」
 だが、あのバトルロイヤルはプレイヤー間に致命的な疑心暗鬼の種をまき散らした。レイスたちが例外だったのは、第一階層に降りたところで共闘しなければならない状況に陥ったためである。それが無ければ、レイスたちとて、行動をともにできたか、あやしいところだ。
 いずれにせよ、こうした状況のため、レイスたちを除くと六名のパーティー枠を越えて団結するプレイヤーはなかなか現れなかった。それどころか、八割は冒険にも行かず、コロシアムでボーッとしているか、寝ているか、セックスしているかのどれかだったのだから呆れるしかない。
 なお、セックスの声を騒音と感じたプレイヤーたちが騒動を起こしたため、九日目の時点から、セックスにふける面々は会議室と同様、クリーチャーがなかなかこない第一階層中央部近隣に移動するようになった。一部ではセックスを売りにする強者も現れているらしく、新たな社会秩序が生まれつつあるらしい……
 さて。
 冒険に出る者が増え始めたのは、十日目を過ぎてからのことだ。
 例の一週間の《更新》のあと、コロシアム北側の外延、観客席最上段にSHOPという看板が現れていた。その下に立つと装備、消費財、スキルスクロール、マイルーム用の家具、装飾品、食料・料理などを売買できるショッピング・ウィンドウが開くという特殊なスペースが現れたのである。
 皆の注目は食料・料理といったフード系アイテムに集まった。
 歴史上、嗜好品とされる食材は高値で取り引きされる。同様にプレイヤーたちは、ハンバーガーやオニギリの味と食感を求め、次第に冒険に出ては手に入れたアイテムを売り、フード系アイテムを買い求めるようになった。これと共に冒険に出る者が増えていき、パーティを組む者が増え、さらに複数のパーティで交流を深めていくケースが少しずつ現れだした。
 こうして十二日目の昼頃、あるプレイヤー集団がコロシアム中央で全プレイヤーにこう呼びかけたのである。
――外では我々を助けるためにいろいろな人が努力しているはずだ。そこで我々六パーティ、三十六名は、救援が成し遂げられるまでの間、ここで一人でも多くのプレイヤーが救出されることを願い、コロシアムの自治を行おうと立ち上がった。異論のある者は、今のうちの主張して欲しい!
 通称“自治会”の誕生だ。だが、実際に機能するようになったのは、食料を無料で配り始めた十三日目の昼頃からの話である。
「うちらも協力したらいいんじゃないですか?」
 ランスロットが素朴な意見を提案した。
「やつらに攻略する気があるなら――な」
 レイスが文字通りの嘲笑を漏らした。
「探索組は見ていないだろうが……やつらは昼から、SHOPの近くに寝床を作り始めた。おそらく、SHOPの独占によって自治会の強制力を強めようと企んでいるんだろう。犯罪者には売買を許さないって寸法だ。今のところ第一階層にはSHOPが無く、第二階層のSHOPもクリスタルばかりでフード系が無い。コロシアムのSHOPの独占が、どれほどの意味を持つか……語るまでもないな?」
「だったらあんたが自治会で権力を握れよ」
 声はドアのそばから響いた。
 クロウだ。
 話し声で目が覚めたのか、クロウは立ち上がり、右手でガリガリと頭をかいていた。傍らのリーナはまだ半分寝ぼけているらしく、座り込んだままウニュウニュと両手で目元をこすっている。
「そのほうが攻略も速く進むだろ。違うか?」
「逆に尋ねるが、GAFのチームランクと人数は比例するか?」
 クロウは黙り込んだ。その傍らでは、事情をつかめずにいるリーナが交互に二人を見ている。
「多ければいいってものでもない。そういうことだ」
 レイスは一同を眺めた。
「正直に言えば、私は自治会を信用していない。むしろ、外の救援を待つという設立主旨は楽観的であり、最悪の事態を考えるという私の立場と矛盾している。私は攻略による脱出を目指す。その思いに変わりはない。賛同する者だけ、同行して欲しい。私からは以上だ」
――ガタッ
 バッシュが席を立ち、グラスを掲げた。
 何を告げるわけでもない。グラスを掲げたまま、ジッとしている。
――ガタッ
 ランスロットが、グラスにジュースを入れながら立ち上がった。バッシュと視線を交わすと、お互い、ニコッと邪気のない笑みを浮かべあった。
――ガタガタガタッ
 黒髪のキリー、ポニーテイルのマコ、茶髪のマサミも立ち上がった。
 さらにガタガタと椅子をならし、他の面々も立ち上がる。
 皆の手にグラスが握られていた。
「どうぞ」
 巨漢のボイルが席を離れ、左手に持つグラスをレイスに差し出した。
「……なんかよくわかんないけど」
 リーナも立ち上がり、まだ半分ほど入っているクロウのグラスを彼に差し出した。
「こういうことでしょ?」
「……だな」
 クロウは苦笑し、振り返ってきたレイスに「どうする?」と目で問いかけた。
 レイスも苦笑を漏らす。
「物好きどもの前途を祝して――」
 彼(彼女)はグラスを掲げた。
「乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
 二十七名の声が、そのあとに続いた。

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