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桜に帰るまえに

※本作は『 TYPE-MOON 』の作品をベースにした二次創作物です※


01 / 終幕のあと


 この時ほど、遠坂の魔術刻印を呪ったことはない。
 私は生還した。
 生き延びてしまった。
 ここは見慣れた地下室。遠坂邸という一等霊地。おそらくライダーが運んだのだろう。なにしろ隣には桜が横たわっている。他には誰もいない。私と桜だけだ。
 二人だけだ。
 二人しか、いないのだ。
 魂が煮えたぎる感覚というのは、こういうことなんだろう。しかも、魔術師としての遠坂凛は、この激情を、何かに利用できないものかと考えはじめ――それが怒りに油を注いだ。どこまでも魔術師でありながら、最後の最後に魔術師ではなく姉になってしまった自分の都合の良さが、これ以上ないほど憎らしかった。
 呪いたい。
 世界を呪いたい。
 運命を呪いたい。
 何もかも呪いたい。
 そんな、憎悪と怒りがドロドロと煮えたぎったお陰で、私は激痛に苦しみながらも、躰が動けるようになるまで意識を保つことができた。
「うっ……くっ………………」
 強引に上半身を起こしてみる。それだけで、目眩と激痛が襲いかかってきた。
 血が足りない。
 肉が足りない。
 骨が足りない。
 内臓も破裂したまま。裂傷からは血があふれ、擦過傷からは肉汁がしみ出ている。
 かまうものか。
 私は薄暗い地下室を抜け、どうにか一階まで這い上がっていった。
 目指すのは居間の隣にある台所。
 体中を汗だくにし、新鮮な空気を貪るあまり、老化に唾液と血をまき散らして、それでも血走った目は近くて遠くにあるドアを見据え――私は必至に、台所を目指した。
 到着。
 本当の目的地まであと少し。
 冷蔵庫の前。
 開ける。
 救急医療用の輸血パックがあった。
 言峰が強引に押しつけてきた物資のひとつだが、そんなことはどうだっていい。私はパックのひとつをつかみ取り、歯でかみ切って、強引に口の中に血を流し込んだ。
 むせる。
 不味い。
 冷たく冷やされた輸血用血液は、ただただ生理的な嫌悪感だけを募らせた。もう、味がどうとかいう問題を遙かに超えている。それでも点滴で流し込む時間も惜しい。私は腹部の傷を押さえながら、強引に血液を喉に流し込んだ。
 再びみせる。
 嘔吐しかけるが、喉を強く掴んで、強引に堪えた。
 さらに飲む。
 もっと飲む。
 魔術刻印が生身の神経を切り刻もうとする。飲み込んだ血液を、胃腸を通るより先に、神秘の力で補修素材に変換しているせいだ。魔力があれば代用品すら必要としないのだが、今の私は致命的なまでに魔力を喪失している。だからこその“補充”だ。食事ではない。これはあくまで、肉体の材料の“補充”にすぎない……
「こほっ、けほっ、こほっ――」
 ある程度飲んだところで、私は輸血パックを投げ捨てた。
 もう一度、開けっ放しの冷蔵庫に手をつき入れる。
 取り出したのは、包装された生肉の固まり。
 私は、生のまま(かじ)り付いた。
 かみ切った。
 咀嚼せず、胃袋に流し込んだ。
 味覚はすでに麻痺している。それでも嘔吐感が消えない。むしろ強まっている。
 もう一度、喉を掴んで堪える。
 爪が食い込んだ。窒息しそうだ。しかし、嘔吐感が弱まった。
 よしっ。
 口に残ったものも飲み込む。
 激痛が走る。魔術刻印が、生肉を内臓の補修素材に変換しているせいだ。
 しかし、まだ足りない。
 もっと生肉を囓る。
 飲み込む。
 囓る。
 飲み込む。
 囓る。
 飲み込む………………
「……凛、そこまでする必要はありません」
 顔をあげると、すぐそこにライダーが立っていた。
 私はむせた。
 だがすぐに、
「――士郎、は?」
 どうにか尋ねた。しかしライダーは仮面を付けた顔を軽く逸らしながら、
「地下室で眠るべきです。まず魔力を回復させなければ――」
「士郎は!?」
「………………」
 それだけで、私は全てを理解してしまった。
 理解できてしまう頭の良さを、私は強く呪った。
「……あ………………ああ…………………………あぁああああああああああああああ!」
 バカだ。
 私はとてつもない大馬鹿者だ。
 最初からわかっていたのだ。
 自分には、桜を殺せないと、わかっていたのだ。
 それなのに私は、最後の最後まで魔術師であろうとした。
 桜を殺そうとした。
 助けようとした彼に背を向けた。
 だがどうだ。
 私は最後の最後で“姉”になってしまった。魔術師であることを捨てていた。
 そして。
 私は助かった。桜も助かった。
 でも。
 彼は、助からなかった。
「あぁあああ! あぁあああ! あぁあああ! あぁああああああ!」
 床に拳を振り下ろす。
 何度も、何度も振り下ろす。
 きっとライダーの目には、気が狂ったように見えているだろう。実際、今の私は、口から胸元にかけてを血で赤黒く汚し、口の回りには生肉の脂をべとつかせ、髪を振り乱し、顔中の穴という穴から流れ出るものを全部流して、もう、自分が女の子であるとか、遠坂の魔術師だとか、そんなことは何もかも振り捨てて……

 五分後。

「――――――」
 私は立ち上がった。まだ痛みが残るものの、動けないほどではない。
 服の袖で口元をぬぐう。
 生肉の脂がベットリと袖についた。
「桜の様子は?」
「外傷は何も。それ以上は」
 尋ねてみると、立ちつくしたままだったライダーが律儀に答えてくれた。
「洞窟は?」
「倒壊しています」
 三秒だけ私は言葉に詰まった。
「……柳洞寺周辺を捜索して。徹底的に。目についたものは、遺体でも肉片でも何でもいいから回収して」
「しかし――」
「いいから早く行くの! いい!? 私は第二魔法に爪先を引っ掛けた魔術師よ! 第三魔法(復活)ぐらい、なんとかしてみせるわ!」
 瞬間。
――ゴオッ!
 台所に突風と衝撃波が吹き荒れた。
 ライダーが壁を破壊し、猛速度で飛び出していったのだ。
「……なにさ」
 私の顔には、自然と普段通りの笑みが浮かんでいた。
 やるべきことは山積みだった。

To Be Continued

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