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ONLINE : The Automatic Heart

[04-19]


 ログアウトすると、部長様と電算2号の姿はすでに消えていた。
(……素直に帰ったのか? 本当に?)
 釈然としないものを感じながらダイブチェアーを降りる。
 と、別のチェアーのフードが上がっていった。トモ、ではなく、新島、のチェアーだ。
 彼女はスーッと目を開けていくと、
「……あっ」
 と声をあげ、なぜか頬を赤らめながら前髪の乱れを整えだした。
「……おい」
「は、はいっ」
 呼びかけると、新島はあわててチェアーを降りてきた。かと思うと、俺から3歩離れたところで、グーにした両手を胸元にもっていきながら言葉を待っている。なんかこう……従うことに慣れている、といった感じだ。
 まあ、いい。
「とにかく……おまえの知ってること、全部話せ」
「あ、はい。でも、その……なにを……」
「だから……」
 ダメだ、こいつ。打てば響いてくれる相棒と全然違う。というか、よくいる女子って感じだ。正直、疲れるだけなんで関わり合いたくないところだが……いなくなった部長様たちのこと、なにより蒼海の連中のことを聞き出さないといけないわけで。
「ったく。長話になるってことか……わかったよ」
 俺はため息をついた。
「おい。このあと、空いてるか?」
「えっ? あっ、はい。特に予定は……」
「どっか落ち着いて話せるところで、じっくり聞かせてもらう。いいな?」
「………………」
「おい」
「は、はいっ! よ、よろしくお願いします」
 なぜか威勢良く答えてきた。
(あー、もう疲れてきた)
 ガリガリと頭をかきながら外に通じるドアに向かおうとする。
 すると俺が近づくだけで、警備員がドアを開けてくれた。どうやら中でのことは監視されていたようだ。もっとも、仮想現実(あっち)のほうまでは監視しきれてないらしい。
(……ああ、そういうことか)
 俺はログアウト直後に感じた違和感の答えに気が付いた。
 部長様と電算2号。
 あの2人が先にログアウトしておきながら、ログイン中の俺や新島に何もしないまま去るとは思えない。そもそもログイン中の新島に対してイタズラのひとつやふたつはやらかしてもおかしくない連中だ。だが、そうした形跡はない。なぜか。警備員が、常に中を監視していたからだ。
「ご苦労様です」
 俺は厳つい顔をした警備員に会釈をしてから外に出た。
 新島が後に続く。
 時刻はまだ、午睡というには早すぎる頃合い。真夏の日差しが強く差し込む一方、北風が吹き込んでいるせいで少し肌寒い感じがある。
(このあたりだと……)
 俺はとりあえず、東雲広路(しののめひろじ)を少し登った先にあるファミレス──親父が市役所で働いている関係で、このあたりに来た時には利用する機会が多い店──に入ることにした。
「ドリンクバー2つ。……おまえ、他は?」
「い、いえ……」
 カチコチに固まっている新島の分もドリンクバーを頼んだ俺はブレンドコーヒーを用意、空いていた窓際の席で一息つかせてもらった。ちなみに新島はミルクティーをもってきたらしい。
「じゃ、聞くぞ。まずは──」
 まずは。
 クローズドβテスト開始以前、NEURO社は医療用のPVシステムを用い、POのαテストを実施した。これに参加した256名を“Cα(クーア)”と呼ぶそうだ。
 この通称は、αテスト以前、POの元になったシステムのテストユーザーになってくれた長期入院患者たちに“Befor α(αテスト以前)”という意味で“Bα(ビーア)”というコードネームが与えられていたことに由来しているらしい。また、Bα(ビーア)はαテストに参加していないため、その素性等については市長ですら知りようがないところなのだそうだ。まぁ、今までの反応を考えると、市長はαテストのことすら詳しく知らない可能性があるが……
 いずれにせよ。
 Cα(クーア)は3ヶ月間、クローズドαテストを行い続けた。蒼海の鳥の巣頭、キンキラ部長様、さらには《緑》のCROWなどが、この時に大活躍して有名ユーザーらしい。
 こうしてヴァージョンCが完成、“β1(ベーワン)”こと第一期クローズドβテスター、つまり俺たちが参加する次なる段階へと移行することになったのだが、これと並行して、Cα(クーア)にはバーチャルステーションの試験運用が依頼された。『 PHANTASIA ONLINE the NINE COLOSSEUMS (ファンタズム・オンライン・ザ・ナイン・コロセウムス)』と名付けられたバーステ専用コンテンツのαテストが始まったのだ。
 バーステは社内選考でさえあればβ1(ベーワン)でも加わって良いことになっていたが、最初、Cα(クーア)しか出入りしなかったことにより、特権的な秘密倶楽部に似た場所になり始めた。
「そして今に至る……か」
 俺は2杯目のブレンドコーヒーを口に含んだ。
「で、ロックゴーレムなんてもん、どこで仕入れた」
「イ、イベントで……」
「イベント?」
 各都市にはレアなアイテムが簡単に手に入る隠しイベントが幾つも設定されていたそうだ。もっとも、αテストの時に仕込まれたものは、当然のことながらすべて明らかになっている。Cα(クーア)の一部が、この情報をもとにそうしたアイテムを独占したらしい。
「そんな話し、どこにも流れてないぞ?」
「か、隠しイベント……Cα(クーア)でも、知ってる人、限られていたみたいで…………」
 即座に鳥の巣頭の顔が思い浮かんだ。
 おそらくあいつも、その限られた人間のひとりだったに違いない。
「数人程度か?」
「は、はい。部長が言ってた限りだと、そうです。それで、あの、全リセットのあと、大急ぎで翠都の隠しイベントをクリアしていって……」
「手に入れたのはロックゴーレムだけか?」
「あ、はい。他のものは、全部、他のCα(クーア)の人たちにとられちゃったみたいで……」
「他のCα(クーア)か……」
 なんとなくだが、蒼海がかなりのレア物を独占している気がした。少なくとも蒼都のレア物は全て手にいれているだろう。さらにバトルロイヤルの際に他陣営のユーザーも加わっていたことを考えれば、紅都や翠都のレア物も、それなりに抑えているような気がする。あの鳥の巣頭、そのあたりで抜かりのあるような奴だとは思えない。
「レア物、どんなのがあったかわかるか?」
「えっと……家に帰れば、その、手帳に……」
「手帳?」
「メ、メモ、とるようにしているので……」
「へぇ」
 俺は足を組みがらコーヒーを飲んだ。
「だったらレア物のリストもあわせて、おまえの知ってること、全部文章にまとめて俺のところにメールできるか?」
「は、はいっ! 今日中に、必ず!」
「今週中ぐらいでいい。どうせ今すぐどうこうって……」
 俺は言葉を止めた。視界の隅に、大股で歩み寄ってくる女子を見つけたのだ。
 普通だったら無視するところだが、頭の中の警報が響きだしている。
 改めて俺は、そいつを確かめてみた。
(……あっ、クラスの)
 名前は相変わらず思い出せないが、パーマのかかった髪を束ね上げているこの眼鏡女、間違いなくクラスの女子だ。キャミソールの重ね着にパキンス、足下は素足にミュールという少し古い格好をした彼女は、なぜか俺をにらみながらこっちに近づき、
「こんにちわッ」
 と、俺の傍らで立ち止まった。怒りを堪えているかのような声で。
「……よぅ」
 挨拶するような間柄でもないのに──などと思いつつ、一応、答えておく。
 向こうは黙ったまま俺を睨み降ろしてきた。
 ちょっとムカつく反応だ。
「なんか用か」
「別にッ! 楽しそうじゃないッ!」
「……ケンカ売ってんのか?」
「どっちが!?」
「……はぁ?」
「よくもまぁ、あんだけあからさまなラブラブ光線だしまくりのツッキー、徹底的に無視しまくってるくせに……」
「陽子(ようこ)!?」
 店に入ってきたばかりの客が大きな声をあげた。店内の視線を集めたその人物は、半袖ブラウスとネクタイにデニムスカートとパキンスを身につけたショートヘアの小柄な女の子だった。傍らには、ダンガリーシャツにブラウンのスリムパンツという格好をした、俺以上の身長があるベリーショートの女子の姿がある。
 後者は記憶にある。確か、クラスメートだ。
 でも前者は? なんとなく見覚えはあるが……?
「ツッキー、ホッシー、遅いッ」
 陽子と呼ばれたパーマ頭の眼鏡女はレジのある出入り口のほうに早足で移動していった。
 俺はため息をついた。
「……新島」
「は、はいっ」
「ケータイ出せ」
「……えっ?」
「いいから出せ」
「は、はいっ」
 取り出してきたケータイは俺のケータイより一世代新しいものだった。やっぱり買い換えるべきか、などと思いつつ、赤外線でケータイのメルアドだけを交換しておく。
「あとでケータイのメルアドにPCのメルアド、送っとく。そこにメモっておいた全部の情報、まとめてテキストかドキュか何かにして送れ。今週中だ」
 一方的にそう言いつつ、俺は財布から千円札を2枚取り出し、テーブルにおいた。
「支払い、やっとけ」
「あっ、私の分は自分で──」
 無視して席から離れる。
 その途端、俺のケータイが軽く震えだした。
 見ると相棒からの電話だった。
「もしもし、どうした」
〈タクシーで帰ろうとしたら渋滞にハマっちゃったから、遅れるって連絡。それより今、話しても平気?〉
「ああ。元ツクヨミからのヒアリング、ちょうど終わったところ。ちょい待ち」
 女どものがいるレジに近づいたので、一端、受話器の口を手でふさぐ。
 話しかける相手は、あくまで店員だ。
「支払いは相席に」
 そのまま店を出て行こうとする。
「ちょっと!」
 と、パーマ眼鏡女が声をかけてきたが、ガン無視だ。
「待たせた」
〈誰か呼んでなかった?〉
「面倒そうだから無視」
 東雲広路の坂道に出る。だが、追いかけてきたパーマ眼鏡女が俺の肩をつかんできた。
「ちょっと、人が呼んでるのに無視するってどういうつもりよッ!?」
「……すぐこっちから掛け直す」
〈りょーかい。がんばってね、トラブルホイホイ〉
「てめぇ……」
〈じゃあね、相棒〉
「あいよ」
 電話を切り、振り返る。店の出入り口に続く短い階段を下りてきているのは、パーマ眼鏡女と長身坊主頭と短髪チビ女の3人だ。3人目がどうにも記憶にないが、まあ、きっとクラスメートなんだろう。残り2人がそうなのだから。
「で?」
「……あんた、最低ッ」
 パーマ眼鏡女が軽蔑のまなざしを向けてくる。だが、それ以上に冷ややかな目で俺は3人をジロッと一瞥した。
「街でバッタリ会うなり、睨んでくるわ、怒鳴りつけてくるわ、絡んでくるわ……それが最高って言うなら、確かに俺は最低だな」
「あんたねぇ──!」
「陽子っ」
 短髪チビ女がパーマ眼鏡女の腕をつかんだ。今にも泣き出しそうな顔をしていたが、俺が見ていると気づくと、バッとうつむいてしまった。
「やめて……」
「でも!」
「やめて……」
 二度、同じ言葉を繰り返されると、パーマ眼鏡女は歯をかみしめながら、黙り込んだ。
 まあ、どうでもいいや。
「じゃあ」
 と立ち去ろうとした間際、ようやく俺は短髪チビ女のことを思い出した。
 隣の席のおかっぱ頭だ。どうやら髪を切ったらしい。
「前よりいいな、それ」
 俺は自分の髪を軽くつまんでみせながら、短髪チビ女に苦笑を投げかけた。ちょうどチラッとこっちを見た彼女は、ボフッと音が聞こえそうな勢いで耳まで真っ赤になりながらうつむいてしまう。
 こんなに恥ずかしがるやつだったっけ? ……よく覚えてないが、まぁ、いいか。
 俺は今度こそ坂を下りだし、相棒に電話をかけた。
「待たせた」
〈今度のトラブルはなに?〉
「なにって言われてもな……」
〈じゃ、順番に詳しく。包み隠さず。なにもかも〉
「……おまえ、暇だろ」
〈わかる? 渋滞、ほんとすごくてさ──〉
 俺は電車に乗らず、電話をしながら歩いて帰ることにした。



 後にして思えば──この一日(テスト61日目)の出来事が、後々の“戦争”の序曲だったのだと思う。もちろん、この時の俺はそんなこと、欠片も考えていなかったし、予想もしていなかったわけだが……





LOG.04 " BUCCANEER "

End






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