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ONLINE : The Automatic Heart

[04-05]


 同日28時(翌午前4時)――蒼都地下17階。
「呆れた……下手したらその子、襲われてたかもしれないわけ?」
「らしい」
 いろいろと行き違いがあり、結果的に定時(午前4時〜午前7時)のログイン中に話すことになった俺とリンは、いつものように地下で戦いながら雑談に興じていた。
 話題はもちろん、電算部の一件だ。
 思い出すだけでも腹立たしい。
 そもそも彼女は電算部の部員ではなかった。ただ、医師である母親からの勧めでテスターになり、友達の前でそのことをポロッと話したせいで、部長様に強い勧誘を受け、気が引けたものの断り切れず……という形で、連中の仲間入りを果たしていたそうだ。
 最初は普通だったが、次第に部活動としてヨガや禅をやりはじめ、精神の解放だとか、選ばれた人間だとか……そんな調子で新興宗教的になっていくと、さすがの彼女も退部を考え始めた。
 そして今月上旬あたりから、部長に迫られるようになった。
 応えればさらなる秘密を明かすとか、セックスは副交感神経を活性化させるからウィザードを目指すなら必須だとか……それを新島は、家の厳しさを理由に断り続けていたそうだが、内容が内容のため、誰にも相談できず、困り果てていたらしい。
 だが、ちょうど俺が立ち去ったあと、
――さぁ、今日の本題を話し合おうか。夏合宿の件だよ。
 部長様は電算部の合宿を行うことを突然発表。しかも場所が、部長様の親が所有する別荘であると語られた時、これに参加したら最後だ、と彼女は本気で怯えたそうだ。
 その時に思い出したのが、部長様と真っ向から対峙した俺のことだった。
 俺に相談すればなんとかなる――彼女はそう考え、実行した。
 というわけで、校庭での一件になったという次第だ。
「それからどうしたの?」
「ワカさんのところで事情聴取。さすがに内容が内容だからな、話を聞き出すだけでも時間がかかった。で、気が付いたら夜だったんで、あとはワカさんが車で家まで送った。そんなところ」
「その子の親には?」
「まだ話してない。母子家庭らしいんだ、そいつの家。だからまぁ、日を改めて、ワカさんのほうから話をするってことになってる。性的なところは伏せるらしいけど」
「なんでよ。そこが一番重要じゃない」
「俺に言うなよ。それにまぁ……いろいろあるんだろ」
 なんとなくだが、新島は母親に余計な心配をさせたくないのだと思う。母子家庭がどういうものか、俺には想像することしかできないが、電算部に残り続けたのも、部長様や五十嵐の親族が母親と同じ職場にいることを考えた結果だと思う。
「それより時間のほう、いいのか?」
「えっ? あっ……」
 リンはダブルタップし、ウィンドウを展開して時刻を確認した。
「あと30分とちょっと」
「だったら今から戻らないとマズイだろ」
「だね。じゃあ、方向転換っ。まわれーみぎっ!」
 俺たちは場所がわかっている地下17階のアッパーボックスへと大急ぎで戻った。


━━━━━━━━◆━━━━━━━━


 明日は大型アップデート。午前7時から午前9時の定期メンテナンスが終了すれば、新フィールドも実装され、何もかもが大きく様変わりする。
 中でも大きいのは、職人系アビリティの登場と、それに伴うドロップアイテムの縮小だ。実際にどうなるかは不明だが、ネット上では、職人系アビリティの意味を強めるためにも、ドロップアイテムの種類と数が減るだろうと予測されている。
 さて問題。
 今、ドロップオンリーアイテムを買うべきか、買わざるべきか?
 市場スレでは、意見が真っ二つに分かれている。
 職人系アビリティの全容が不明なのだから、仕方のないところだろう。
 ただ、アップデート直後から高品質のアイテムを作れる職人が現れるはずがない、というところでは皆の意見も一致していた。そのため蒼都の青空市場では、ドロップオンリーの貴重なアイテムが、とんでもない高値で取り引きされている。他都市では買え控えすら起きているが、市場系市民派(アキンド)が多い蒼都においては、転売目的の投資が相次ぎ、今や《シャークウェア》1着に20万(200K)もの値が付いている。おそらく蒼海騎士団が裏で暗躍しているのだろうが……ご苦労なこった。
 というわけで、俺とリンは、限界ギリギリまで地下で戦いまくり、リミットタイム1時間前に蒼都へと帰還。これまで取り引きのある武装商人PTと接触し、安値でアイテムを売ることになっていた。
 もちろん、俺が決めた話ではない。商談を任せているリンが取り決めたことだ。
 今のところリンは、信頼できる3PTのリーダーにのみ、商談用のフリーメールアドレスを教えている。3PTに制限しているのは、それ以上になると、自分の手に負えなくなるためだ。そのあたりの基準、俺には正直サッパリなのだが、本人がそう言っているのだから、そういうものなのだろうと納得している。
 そんなわけで……


━━━━━━━━◆━━━━━━━━


「時間は?」
「バッチリ」
 あれから約30分後――ウィンドウを展開させたまま、リンがアッパーボックスへと入っていった。直後、周囲が白い光に包まれていき、エレベーターが降る時のような軽い浮遊感があった。
 次の瞬間、俺はボックスの中に立っていた。
 目の前の鏡には“ BLUEPOLICE ”、“ CENTRAL CIRCLE ”と表示されている。
 俺は普段通りの装備――《シャークウェア》、《ショックシューズ》、《ハーフパンツ》、《ハーフレザージャケット》、《ガンベルト》に《バーストガン》、両腕両脚に《スケール・オブ・ブルードラゴン》――のままで外に出た。
 濃密な潮の香りが漂ってくる。
 函館にも海はあるが、それとは明らかに違う南国の潮風が頬を撫でていく。
 俺はそれを胸いっぱいに吸い込んだ。
 気持ちいい。
 夏の香りだが、ただ暑いだけの実在現実(オフ)とは何か違う気がする。
「おい、あれって……」
「うわぁ、SLだよ……」
「うそっ!?」
「ほれほら、SLが来てる! SLが!」
 早朝ということもあり、人もまばらな蒼都の中央広場の方々からざわめきが起きていた。
「んーっ……んっ!」
 見ると隣りのログインボックスから、背伸びをしつつ、俺と同じ冒険装備のままのリンが出てくるところだった。
「やっぱり外はいいよねぇ。地下ってちょっと、圧迫感があるし」
「だな」
 俺は苦笑しつつ、もう一度、蒼都の潮風を胸いっぱいに吸い込んでみた。
「シンさん! リンさん! おはようございますっ!!」
 ゲーム内時刻は間もなく夕方なのだが、実在現実の時刻ではまだ午前4時30分といったところだ。それもあって挨拶が“おはようございます”なのだろうが、駆け寄ってきたのが、まるで学芸会の登場人物のような甲冑姿の子供外装だったりするあたり、苦笑するしかない。
 俺たちと最初に取引をして武装商人PTのリーダー、ベルンだ。
「遅いじゃないの」
「おーっす、大将」
 その後ろからガンマンスタイルの蛇頭人と、純和風な大鎧を身につけた巨漢のトカゲ人間が歩いてくる。いずれも俺たちと取引がある、武装商人PTのリーダーだ。もっとも、蛇頭人のセリアとは面識があったものの、トカゲ武者とはこれが初対面だ。
「シン。ドランさんとは初めてじゃない?」
「あぁ」
 どうやらトカゲ武者は、ドランという名前らしい。
「オッスっ! 初めてお目に掛かりますっ!」
 トカゲ武者は俺の前に立つと、空手家のように、曲げた腕を左右に振りつつ、頭を下げてきた。
「拙者、『蒼都抜刀隊』なるPTを率いるDRAN(ドラン)と申しますっ!」
「……あんたも演技系冒険派(ナリキリ)か」
 少し呆れながら俺が告げると、頭をあげたドランは、
「左様っ!」
 と胸を張った。
「なに威張ってんだか」
 同じ演技系冒険派(ナリキリ)のセリアは、両手を腰にあてつつ呆れている。
 これには俺も、リンも、ベルンも、笑うしかなかった。
「まぁ、いい。それより商談は相棒としてくれ」
「掘り出し物もあるわよ」
 そこから先は商談タイムだ。場所はベルンたちが確保していた市場の片隅が使われた。俺は少し離れたところで壁に背を預けつつボンヤリとさせてもらったが、その間にも石畳に座り込んだリンは、次々とカードを広げ、ベルンたちとの商談を進めていった。
 周囲にはベルンたち3PT18名だけが集まり、他は遠くから眺めている。
 俺が目を光らせているせいか、野次馬が近づいてくる気配も無い……いや、近づいてくる者がいた。
 白いトーガに人の良さそうな糸目の青年外装――言わずと知れた蒼都市長セイリュウだ。
「いやぁ、シンくん」
「よぉ。アップデート前の見回りか?」
「メンテに入るまで暇でね。少し、いいかな?」
「あぁ」
 俺は、商談を止め、俺たちのほうを見ているリンに目を向けた。
「あとは任せた」
「OK。あとで報告しなさいよ」
「わかってる」
 俺は壁際を離れ、促すように歩き出した市長の横に並んだ。
 さすがに市長がいるとあって、野次馬が近づいてくる気配はなかった。もっとも、早朝ということもあり、中央広場が閑散としているせいもあるだろうが。
「ツクヨミさんの件、先生から聞きました」
 声を潜めながら市長が語り出した。
「まったくもって嘆かわしいというか……」
「あんたの責任なのか?」
「無関係とは言えません。その……これは社外秘にあたるので、内密に」
「相棒には話す」
「えぇ、わかってます。ですから、彼女にも口外無用を」
「約束する」
 俺は真顔でうなずいた。
 市長もうなずく。
「そこに入りましょう」
 市長が向かったのは、中央広場から中央通りに入ってすぐのところにあるレストランだった。別にPV内では食事を摂らなくともペナルティを受けないのだが、古今東西、美味い料理は最高の娯楽とされている。そこで『 PHANTASIA ONLINE 』でも、こうした料理を食べられる店がデフォルトで設置されているのだ。
 ただ、市長が向かったのはレストランの2階にある個室だった。
 NPC店員は、何も言わず市長と俺をそこまで案内し、一礼の後、部屋を出て行った。
「彼女が尋ねてきた時だけ、通すように設定しておきました」
「……思考操作で?」
「えぇ。ウィザードですから」
 ログハウスの一室を思わせる質素な個室の中央、中華飯店にありそうな、台座が回る円形のテーブルに市長は腰掛け……んっ?
「ウィザード? あんたが?」
「意外ですか? さぁ、軽く摘みながら話しましょう。なにがいいですか?」
「……えっ、あっ……えっと……マジで?」
「えぇ、本当なんです。さぁ、どうぞ」
「あっ……ども……」
 俺は促されるまま、市長の隣りの席に腰を降ろした。
「なにがいいですか? 最近入力したばかりの飲茶(ヤムチャ)がお薦めなんですが」
「なんでも」
「じゃあ、それにしましょう」
 直後、テーブルにフワッと白い光体が出現し、次の瞬間には多種多様な中華料理がテーブルに並んでいた。
 思考操作だ。
 市長が思考操作で、これを呼び出したのだ。
「意外ですか?」
 もう一度、市長は同じ言葉を投げかけてきた。
「そりゃあ……意外といえば意外だろ」
 俺はマジマジと市長を見た。
「ウィザードってやつ、もっとすごいもんだと思うのが普通だろ。それを……あんたがそうだって言われても……」
「こんな外装ですからね。もちろん、意図的にそうしてるわけですけど」
 市長は苦笑した。
「VRNには、全部で11人のウィザードがいるんです。『 PHANTASIA ONLINE 』に関わっているのは、そのうち6人。私も、その1人です」
「へぇ……」
「あと、社外にも4人いますから、確認されているウィザードは全部で15人ですね。ですから、珍しいといえば珍しいのも確かです。しかし、だからといってどうというわけでもありません」
「それを連中は、さも特別なものとして崇めてたわけか……」
「特別といえば特別なんですよ?」
「選民思想を抱けるぐらいに、か?」
「それは言い過ぎですね。聡い子供は、そういう妄想を抱きやすいものですが」
「俺も子供なんだが?」
「君は少し老成してますから」
「悪かったな、老けてて」
「まぁまぁ。それより食べましょう。なかなか美味いですよ?」
 実際、食べてみるとけっこう美味かった。悔しいことに。

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