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ONLINE : The Automatic Heart

[03-06]


 7月10日(テスト46日目)早朝――俺とリンは、2日近くかけて集めた情報を、ひとずつ整理していった。
 これで新たにわかったこともある。
 たとえば、『 PHANTASIA ONLINE 』にけっこうバグが残っているということ。代表的なものは、翠都市庁舎東側階段にある“ユーザーの姿を映さない大きな鏡”だ。もともと幽霊イベント用に組み上げた設定が、なにかの拍子に固定化されてしまったらしい。今のところ、これはこれで面白いということで放置されているというか、一種の観光名所化しているようだが。
 同様に、様々なバグが各地に残っている。
 蒼都に限定すると、
――5回に1回の割合で中辛が激辛になるNPCカフェレストランのカレーライス
――自分の足音が1秒後に再生されるフレチカット通り
――下から見ると12段なのに上から見ると14段ある宿屋“虹色の珊瑚”亭の階段
 この3つは有名な固定バグだそうだ。
 さらに試練場にも細かいバグがいろいろとあり、スタッフはそちらの修正に手をとられているところらしい。
 他にも“いつもログインしている白髪の少女”とか“存在しないはずのストリート”とか“魂が吸い取られる家”とか……オカルトめいた噂もいろいろとあり、最近は、こういう噂を収拾することに熱中している落選組のブログまで登場している。
 さて。
 本命と言うべき騎士団絡みの情報もあった。本格始動後、カジノの隅でハイ&ローばかりやっている集団がいたこと、彼らは仲間以外が近づこうとすると散っていくか、イヤそうな顔をすることなど、何かをしていたと判断できる複数の証言が寄せられたのだ。
 なにより大きな収穫は、7月5日頃から、その集団が急に姿を消したという情報だ。
〈ビンゴ?〉
「だな」
 半袖Yシャツと濃紺のスラックスを身につけ、朝食を終えて部屋に戻ってきた俺は、通信料が掛からないということでつなぎっぱなしにしているIPヴィジフォンの向こう側にうなずき返した。
「でも、まだ何かあるかもしれないからな。頼むぞ」
〈OK、相棒。あんたは真面目に試験受けてきなさい〉
「やなこった」
 俺はSCOP3を閉じ、鞄を小脇に抱えながら部屋を出ていた。
「じゃ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
 洗い物をしている母さんが、のんびりとした声で、いつも通りの声を返してきた。
 外に出ると蒸し暑かった。
「夏か……」
 首にまいた濃紺のネクタイをさらに緩める。
 他の男子生徒同様、俺はYシャツの裾をベルトの外に垂らしている。最近は下に着るTシャツも外に出すのが流行しているそうだが、腹を下しやすい俺は、そこまではやらないことにしている。
 こう見えても繊細なのだ。俺の身体は。
「あつーっ」
 俺は朝からギラギラと輝く太陽を恨めしげに睨み上げると、トボトボと歩いて30分のところにある道立五稜郭高校へと向かった。
 近所にあり、推薦で入学できる学校だった――というのが、そこを選んだ一番の動機だ。
 学校の偏差値は、道内だと少し上だが、全国平均だと中の下ぐらい。しかも函館には、国立の高専や私立の名門校が幾つもある。そのため五稜郭高校は道立なのだが、今ひとつ目立っていないところでもある。そんな、可もなく不可もないところも、進学の動機のひとつ……なのだろうか? 自分でもよくわからない。
「ふわぁあああ……んっ」
 欠伸をしながら校門を抜け、生徒玄関で踵を潰した上履きに履き替え、ノベーッと1年B組の教室を目指す。
「おーっす」
 たまに馬鹿話をする程度の男子クラスメートを見かけたので、軽く手をあげて挨拶しながら、教室後方の引き戸から教室に入る。
 向かうは窓際最後列の席。窓は西向きなので、午前中はまだ涼しいほうだが、午後になるとブラインドを下ろしていても地獄を見るという、あまりよろしくない場所だ。しかも、すぐ後ろに、掃除用具の入ったロッカーがあるため、夏場になると臭う。すでに最近も臭っているのだから、これからが地獄だ。こりゃあ、自費で消臭剤のひとつかふたつ、仕入れてくるしかなさそうだ。
「ふわぁあああ……んっ」
 鞄を机の横にかけた俺は、欠伸をしながら椅子に座った。
 ケータイを取り出し、リンにメールを送る。
――学校到着。そっちの調子は?
 送信すると、担任が姿を現した。
 クラスメートたちが席に戻る。クラス委員の号令のもと、おきまりの儀式が行われた。
 着席すると、ケータイが震えた。
――学校終わるまでメール禁止! PS.朗報ヲ期待セヨ
 なにか情報を仕入れたらしい。
 俺は苦笑しつつ、ケータイを鞄に押し込んだ。
 と、隣の席の女子と目があった。
 おかっぱ頭の色黒な女子だ。名前は……名前は………………なんだっけ?
 まっ、いいか。
 俺は軽く、片手で拝む仕草をして謝ると、頬杖をつきつつ、担任の話に耳を傾けた。
 担任の話は、今日から期末試験だから気を引き締めるように、という当たり障りのないものだった。
 ホームルームが終わると、またダラケきった空気が漂いだす。一応、これから期末試験が始まるので無駄な抵抗をしている連中も多いが、あまりせっぱ詰まった感じはない。まぁ、1年生だし、偏差値もそれほど高くない高校だから、勉強に血眼をあげるようなヤツが少ないせいだろう。
 俺も席の近い、よくダベる男子連中と適当に雑談をしながら時間を潰した。
 その際に言われたことがある。
「久賀、なんかあったのか?」
「そうそう。前はギスギスしてたのに、最近、なまら柔らかくなったろ」
「まさかコレか、コレ」
 ひとりが、これみよがしに小指を立ててきた。
「あほ。んな暇あったら、ゲームやってるよ」
 俺は呆れたように言い返した。
 でもまぁ、リンの薦めで、毎晩、柔軟体操をするようになったのも事実だ。そうすることで交感神経を刺激すれば、外装をよりうまく扱えるかもしれない――なんていう与太話に付き合っているのだ。
 もともと小中と体育の盛んな学校にいっていたこともあり、最近は随分と体も柔らかくなってきている。両足を後頭部に引っかけられるリンとは比べものにならないものの、この1ヶ月で、かなり変わったはずだ。
 そういう意味では、確かに俺は、柔らかくなっていた。それは、事実だった。


━━━━━━━━◆━━━━━━━━


 ようやく昼休みになった。
「んーーーーっ、んっ!」
 俺は大きく背伸びをした。どうにか3科目の試験が終わったわけだが。
 まぁ、あれだな。
 可もなく不可もなく。真面目に勉強すれば、もう少し上を目指せるような気もするが、やっても無駄な気もするし……
「よぉ、久賀!」
 不意にドンッと肩を叩かれた。
 それなりに痛いが、ミノタウロスにぶん殴られた時に比べれば大したことが無い。いや、あれもシステム的に抑制されているから、本当であれば、もっと痛いのだろう。
 ではなく。
「つっ――なんだぁ?」
 振り返ると、見上げんばかりの巨漢を誇る坊主頭の眼鏡野郎が立っていた。
 クラスで一番の巨漢で困ったちゃんの代表格――大山憲義(おおやま・のりよし)だ。
 キレると暴れるとかで、同じ中学の出身者も近づかないのは、見ているだけでわかる。しかも、実はアニメ好きのアキバ系であるらしく、暇さえあればエロいイラストをノートなどに描いていては、それをわざと女子にも見えるように置いていくとか、かと思うと見たことを(なじ)るとか、そういう話が俺でも小耳に挟むような困ったちゃんだ。
 ある意味、うちのクラスにおいて、俺以上の異端児と言っていい。
 一応、俺の一般評価は“寝てばかりいる怠け者のゲームオタク”というものだ。言い換えれば“毒にも薬にもならぬ”といったところだと思う。クラスでの影も薄く、同じ中学の出身者もいないので、席の近い男子とたまに馬鹿話をすることを除けば、ひとりで携帯電話のゲームをやっているか、寝ているか、ボーッとしているか……という存在だったりもする。
 だから当然、俺と大山に接点は無い。
 同じオタクでも分野が違うせいもあって、話したことすらない。
 そんな大山が、俺に、こんなことを尋ねてきた。
「おまえ、ゲーム好きだよな?」
 イヤな予感がした。
 不思議な話だが、『 PHANTASIA ONLINE 』をやるようになってから、この手の感覚が鋭敏になってきた気がする。
 脳が刺激されているせいかもしれない。
 それとも、仮想とは思えない危険を体験していることで、第六感がとぎすまされてきたのだろうか。
「……なんだよ。藪から棒に」
 俺は咄嗟に、リンの交渉術を真似てみた。
 質問されても答えない。
 質問には質問で返す。
 引き出せるだけのものはすべて引き出し、こちらからは、なにも出さない。
 交渉は持ちかけたほうが、すでに立場が弱い。こっちは強い。なぜならこっちは損得無しでも問題は無いが、交渉を持ちかけた以上、向こうはこっちから何かを引き出したいことを、すでに示しているのだ。ゆえに交渉を持ちかけられたら、強気に接してもかまわない。もちろん、向こうが感情的になったら話は別なので、その時は別の対応を考えなければならない……
 以上が、リンから聞いた交渉術のイロハだ。
――なんでそんなこと知ってんだ?
――決まってるじゃない。あの地獄で生き延びるためよ。
 地獄とはあいつが通うお嬢様学校のことらしい。だとしても……おまえ、いったい何歳だよ。
 閑話休題。
「答えろよ」と大山。「おまえ、ゲームのこと詳しいだろ?」
「だから……」
 俺は溜め息をつきつつ、再び尋ね返した。
「どうしてそんなこと、俺に聞くんだ?」
「『 PHANTASIA ONLINE 』は知ってるよな?」
 俺はドキッとした。
 大山がニヤッと笑う。気色の悪い笑みだ。
「やっぱりな」
「やっぱりって……そりゃあ、知ってるだろ。普通は」
「嘘だ」
「嘘って……『 PHANTASIA ONLINE 』って、あれだろ。PVのゲーム。今、クローズドβテストだよな。ゲームの情報、ネットで探せば、絶対に目するタイトルだぞ。知らないわけないだろ」
「やってるだろ」
「……はぁ?」
 これには素で反応できた。
「おまえ、やってるだろ。『 PHANTASIA ONLINE 』」
 大山は勝ち誇った様子で言い放ってきた。
 俺は脳味噌をフル回転させた。
(なぜだ……?)
 ふと思い出したのは、一度だけ晒された公式サイトでのSHINのフェイス画像だ。
(それか……)
 とりあえず、そう考えておこう。だとしたら、マズイことになった。
 こいつはSHINの正体が俺であることを察している。
 考えてみれば、難しい話じゃない。髪と肌と目の色を変え、瞳孔を元に戻せば、今の俺になるのだ。それもあって、晒された直後は、いつ正体がばれるのかと思ってビクビクしていた。しかし、意外と世の中、気付かないようにできているものらしい。というか、POの暴れん坊であるSHINと、常にぬぼーっとしている俺のイメージがかけ離れているため気付かれづらかったようだ。
 それでもいずれは、と思っていたが……こいつが……ねぇ。
「ち、違うのか?」
 急に大山は焦った様子で早口に言った。
 どうやら俺の沈黙を“困惑している”と勘違いしたらしい。
 まぁ……的中されて驚いていただけなんだが。
 ついでに、まさか最初に、大山が指摘してくるとは予想外だったわけで。
「で、でも、これ、おまえだろ」
 大山は半袖Yシャツの胸ポケットから、折り畳んだ紙を取り出した。
 案の定、晒された時の画像をカラープリントしたものだった。
 ただ、折り目だらけであり、発色が今ひとつなせいで、画面で見た時と印象が違っていた。なんというか……凶悪さが数百倍に増しているというか。
「そうだろ! これ、おまえだろ!」
 大山は急に興奮しだした。

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