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ONLINE : The Automatic Heart

[01-08]


 あっという間に時間が過ぎた。
 8時30分を過ぎたところで、外装登録が可能になった。俺たちは作戦会議を続けながら外装を再調整。髪を金髪、肌を濃褐色、さらに話の流れから瞳を金色にしたうえで、外装オプションの“竜眼”を選んだ。
〈こっちはOK。そっちは?〉
「完了。じゃ、向こうで」
〈了解〉
 ボイスチャットを終えた俺は、大急ぎでトイレに向かった。実はけっこう、我慢していたのだ。ちなみに親父は出勤済み、母さんは昨日から高槻さんの実家にお泊まり中。そんなわけで、俺は冷たくなっていた昨夜のピザを手早く牛乳で胃に流し込み、部屋に駆け戻った。
 不思議と体中に気合いがみなぎっている。
「よしっ、やるか!」
 気合い一声。PVベッドに横たわり、枕元のエントリーボタンを押し込んだ。


―― Login Account : 436-332-2004-9719
―― FAL Check : .....OK
―― Bital Check : .....OK
―― Login Check : .....OK
―― Login Time : 22,June 20X0 09:00:02
―― Limit Time : 22,June 20X0 12:00:02
―― Contents Code : PHANTASIA ONLINE ver C1.0102
―― Abator Name : SHIN
―― Login Place : BLUEPOLIS / CENTRAL CIRCLE / LOGIN BOX 24
―― Login Sequence : .............................. complete


 浮遊感が消え、足がしっかりと地面を踏みしめた――と実感するなり、俺は振り返り、すぐさまドアのオープンボタンを叩いた。外に出ると、そこは初日しか来たことがない海上にある蒼都の中央広場だった。
(リンは――?)
 他のエントリーボックスからも、初期装備のテスターがぞろぞろと出てきていた。
 圧倒的にトカゲ人間と美少女が多い。
 というか「おまえら小学生だろ」と言いたいぐらい幼い女の子がたくさんいた。
 一瞬、イヤな予感が脳裏をよぎった。
 いや、今はそれどころじゃない。
「シぃぃぃン!」
 20メートル先に、後ろに手を振りつつ走っている女性テスターがいた。
 リンだ。
 速度を緩めたのか、しばらくすると俺もすぐに追いついた。
「遅い!」
「どこが!」
 俺たちはそのままジョギングでもしているかのようなピッチで走り続けた。
 中央街区に入る。
「大神殿で!」とリン。
「買い忘れるなよ!」と俺。
 俺たちはそれぞれ、別の店に飛び込んだ。
 『マトメ』にあった略図の通り、俺の飛び込んだ先は魔杖屋だった。
「いらっしゃいま――」
「《ホーリーバンテージ》2つ! スペルガンのカートリッジ20枚!」
 アラビア商人っぽい扮装をした子供の木製マネキン人形(NPC店員)は、ゆっくりとした動作でカードを出してきた。イライラしながら眼前に現れた精算ウィンドウのOKをタッチ。全カードが自動的に、俺のカードウィンドウに収納された。
「よしっ」
 すかさず店を飛び出す。
 次は薬屋に飛び込み、《ミドルキュア》カードを4枚、《スモールキュア》カードを20枚購入する。それを終えたら、あとは神殿まで一直線。神殿前に人影が無かったため、少し速度を落としながら振り返ってみる。
 いた。
 ちょうど数ある服屋のひとつから出てきたところだ。
 手を挙げると、リンも手を挙げ返しながら走り寄ってきた。すでに1クリスタルの《ヘアゴム》で、長い金髪をポニーテイルに束ね上げていた。
「どうだった?」
「歩きながら交換。の前に、パーティ登録」
「了解」
 俺たちは並んで歩きながら、打ち合わせ通りに動いていった。
 パーティはこのゲームで一番小さなグループ単位だ。構成人数は最大6名。メリットはステータス情報の共有、パーティ共有カードウィンドウの利用、パーティ対象のカードの効果対象になる、の3点。
 パーティの結成方法は至って簡単。
「コール、パーティメイク。リン」
 俺はそう言いながらリンの肩に軽く手を置いた。バリアーがあるので直接触れあわないが、固いくせにウネウネと動くゴムのような触感が右の掌に感じられた。
 一方、リンの眼前にはウィンドウが展開している。
 リンはウィンドウにタッチした。
 俺の眼前にウィンドウが展開する。
――【LIN】がパーティに加わりました。
 これで終了だ。
 脱退は本人がウィンドウで操作するか、パーティの3分の1の端数切り上げ人が、脱退要請を行うだけで良い。つまり俺たちの場合、互いが自由に、いつでも相手と縁切りできるというわけだ。
「半分ずつよね?」
「いや、俺の分はもうとってるから、全部もってけ」
「了解。わたしのも、そうするね」
「了解」
 共有ウィンドウのカードは、一端、ウィンドウ操作で個人のカードウィンドウに収納しないと呼び出すことができない。それを踏まえ、俺は購入したカードの半分を共有ウィンドウに移した。それはすぐに消え去り、変わって別のカードが共有ウィンドウに現れた。
 これを自分のカードウィンドウに移動。
 最後にウィンドウ内で装備を指示する。
 全身がザワッときた。
 次の瞬間、俺の服装は別のものに変わっていた。
 足は焦茶色をしたミドルのトレッキングシューズ、下は袴、腰にはガンベルト、右腰に《スペルガン》、左腰にカードホルダー、上はTシャツのまま、しかし両腕には白い《ホーリーバンテージ》が巻き付いている。
 見るとリンも全く同じ格好になっていた。
「…………」
「…………」
 お互い、つい黙り込んでしまう。
 それというのも――装備を変えた瞬間、俺たちは一瞬だけ下着姿になってしまったのだ。まだ周囲に誰もいないのが不幸中の幸いだったが、それでも微妙に気まずいものは気まずいわけで。
「あっ……」と俺。
「な、なに?」とリン。
「いや……」
 俺は彼女の胸元を見た。
「……しぼんだな」
 飛んできた左ジャブを、俺はスウェーでどうにかかわした。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



 NPC大神官は、神殿の階段を登ってすぐのところにいた。普段は奥の祭壇にいるようだが、今日ばかりは特別に出てきたらしい。
「いかいよりおとずれたものよ。なんじらがしんの《あお》のまじょうしであることあかしをもとめるなら、これよりなんじらを“あおのしれんじょう”におくりとどけよう」
 店員もそうだったが、NPCの口調は相も変わらず“子供の朗読”だった。
 これがまた、ひどく聞き取りづらい。
 できることなら、どうにかして欲しいところだ。
――ポーン
 聞き慣れたSEと共に俺の前にウィンドウが出てきた。
「あっ――」とリン。
「んっ?」と俺。
「読める。シンのウィンドウ」
「……へぇ」
 どうやらパーティを組むと、メンバーのウィンドウが閲覧可能になるようだ。
 だったら――
「操作もできるってことか?」
「やってみていい?」
 俺が頷くと、リンは“青の試練場に転移しますか?”の下に表示されている“YES”に触れた。だが、さすがに反応しない。苦笑するリンに変わって、俺がYESボタンにタッチした。
 世界が暗転し、あの浮遊感覚が襲いかかってきた。
 次の瞬間、俺は見慣れたログインボックスの中に立っていた。
 振り返り、ドアを開ける。
 ボックスの外は焦茶色の煉瓦で作られた広い部屋の中だった。窓はひとつもなく、天井が蛍光塗料でも塗っているかのように、ボンヤリと橙色の光を放っていた。
「シン」
 顔を向けると、リンが《スペルガン》を抜いていた。
「本番よーい」
「すたーと」
 俺も《スペルガン》を抜きつつ、遠くにある唯一のドアに向かって歩き出した。
 ドアは、あと5メートルほどの距離に近づくと、自動的にフッと消えた。
 ドアの奥には、部屋と同じ煉瓦作りの通路がまっすぐ続いている。
 ついでに通路の先に、戦い慣れたブラックウーンズが4体、うごめいていた。
「初陣もおまえらか……」
「予想通りってことで」
「だな」
 俺たちは普通の速さで歩きつつ、《スペルガン》で4体とも手早く倒した。
――ポーン
 SEが聞こえた。
「なに、今の?」
 どうやらリンにも聞こえたらしい。
「……アイテムじゃないか?」
 歩きながらウィンドウを開き、共有ウィンドウを確かめてみる。案の定、空っぽだったはずのそこには、スモールキュアカード1枚と4クリスタルが収納されていた。
「うわぁ……100匹倒してもたったの100?」
「雑魚だからな」
「だねぇ」
 そのまま歩くと、十字路にぶちあった。
「左手?」とリン。
「法則」と俺。
 俺たちは左に曲がった。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



 出てくるブラックウーンズを次々と倒した俺たちは、下へと続く螺旋階段を見つけた。部屋の中央にポツンと存在する、鉄製の螺旋階段だ。
「ここまで30分か……」
「でも、買い物とか差し引いたら20分くらいでしょ?」
 確かにその通りだが、予想以上に、この迷宮は広いのかもしれない。
「ペース、あげるぞ」
「了解」
 地下2階に下りると、ブラックウーンズとの遭遇回数が増えた。しかも一度に出てくる数は最低でも10体だ。6人パーティを想定しての配置だろう。もっとも、俺たちにしてみれば、必ず向かう先から固まって出現するブラックウーンズなど、大した障害にならなかった。
 それよりも問題は――
「弾、どうする?」
「温存」
「了解」
 ブラックウーンズは、稀にカードを落としてくれる。だが、そのほとんどは《スモールキュア》なのだ。カートリッジ系カードは一枚も落としてくれない。これでは、いずれ弾切れになるのは目に見えていた。
 そういうわけで。
「はっ!」
「やっ!」
 俺たちは素手で戦いだした。そのための《ホーリーバンテージ》だ。とはいっても、こんな攻略方法、スタッフも想定していなかったと思う。そもそも、徹底的にトレーニングをやりこんだプレイヤーが現れるとは考えていなかっただろう。
「なんか、いい調子?」
 リンが笑顔で尋ねてきた。
「でも時間が辛い」
「――うわっ、ホント」
 俺たちは走り出した。やはり思った以上に時間がかかっていた。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



 地下3階に入ると新しい敵が現れた。スタッフタイプのトレーニングに登場した、光弾を放つ黒真珠を埋め込んだウーンズ――ガンウーンズだ。
 しかし。
「甘い甘い甘ぁあああい!」
 こっちは飽きるほどガンウーンズとも戦っている。光弾を放つタイミングも把握済みだ。
「リン! 無理して急ぐぞ!」
「了解!」
 俺たちはもはやクリーチャーのことなど二の次にしていた。
 すでに時刻は10時15分をすぎている。
 俺たちに残された時間は、残りわずか45分なのだ。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



「――リン、時間は!?」
「10時43分」
 俺たちは螺旋階段の前で呼吸を整えていた。
 これで地下四階も終わりだ。残すところは、この階段の下にある地下五階のみ。問題は、俺たちに残されている時間が17分しかないことだ。予想以上に時間が掛かりすぎた。
「決めた」
 まだ汗だくのリンが背筋を伸ばした。
「クリアするまでやる」
「おい……」
「だったら聞くけど」
 リンは俺を睨んだ。
「あんただったらどう? 途中でリタイアして、後悔しない?」
「……ったく」
 俺も背筋を伸ばし、両手で髪をかきあげた。
「だったら、こうだ。5階に下りたらずっと全力疾走。敵に会ったら、止まったうえで銃で応戦。その間に呼吸を整える。で、倒したら出発。敵が多すぎたら、ダメージ無視でとにかく特攻。俺が特攻っていったら特攻だ。それでどうだ」
「素敵じゃない。神風攻略?」
 リンは満面の笑みを浮かべた。
「そういうこった」
 自然と俺の顔にも笑みが浮かんだ。
「よしっ……行くぞ!」
「了解!」
 俺たちは気合いを入れて螺旋階段を飛ぶように降りた。
 地下5階――試練場の最下層に到着。
 すぐさま、俺たちは競い合うように全力で走り出した。
 向かう先に誰かがいた。
 いや、違う。
 NPCと同じ木製マネキン人形だ。それも全体が黒っぽく、服を身につけていない。おまけに、それぞれが手に拳銃や剣や杖を持っていた。
「応戦!」
 ザザザッと足を滑らせながら、中腰になった俺は《スペルガン》を両手で構えた。
「どれから!?」
 答える代わりに杖持ちを狙った。
 少し前方で静止したリンも、立ったまましっかりと両手で《スペルガン》を構え、杖持ちに向かって引き金を絞った。
――ピッ
 視界に見たこともないものが表示された。
 他の杖持ちから自分へと伸びる弧を描いた赤い線だ。しかも、俺を包み込むように、赤い光線で作られたポリゴンのドームが出現していた。
(――ライトボール!)
 俺は前に向かって転がり込んだ。
 直後、赤い線をたどりながら白い光弾がギュンッと飛んできた。
 光弾が着弾。炸裂。
――ドンッ!
 SEと共に熱風が感じられた。ライトボールの特殊効果だ。
「シン!?」
 驚いたリンがこっちに顔を向ける――が、その頬から、直線的な赤い線が伸びていた。
「よけろ!」
 跳ね起きながら、リンの脇腹を押しやる。
――ヒュン!
 銃弾が飛び抜けていった。間一髪だった。
 だが、無性に腹が立った。
 頭にきた。
「…………」
 思考がクリアになっていく。
 俺は前傾姿勢で走り出しながら、《スペルガン》を敵の銃持ちに向かって撃ちまくった。
 赤い光線が俺に集まろうとする。
 この線はあそこの、その線はあっちの、そっちの線のあの敵のやつだ。
 しっかりと連中の動きを見る。
 線のひとつが俺に重なった。そいつの引き金にかけた指が動いた。
 左に跳ぶ。
 銃弾が腹の右横を飛び抜ける。
 別の線が重なる。
 躰を右に傾ける。
 銃弾が左頬の横を飛び抜ける。
 3本目の線が迫る。同時にSEを耳にする。杖持ちにロックオンされた音だ。出現した赤線は直線。ライトアローだ。一方、剣持ちの連中が右上段に構えながらドタドタとこっちにむかって走り出していた。
 見る。避ける。
 見る。避ける。
 剣持ちが近づく。《スペルガン》を手放す。右ストレート。そのまま右前に踏み出して右の裏拳。勢いを殺さず躰を沈め、左手から迫る剣持ちの脚に自分の脚を叩き込む。起きあがりざまに左アッパー。すぐ右に跳んで相手の肩に右肘。がら空きになった側頭部に左ストレート。その向こうのヤツが剣を振り上げる――が、そいつの側頭部で着弾光が輝く。
「援護は任せて!」
 見るとリンは、片膝をつきつつ、両手に持った2丁の《スペルガン》を連続して打ち続けていた。
「当てるなよ!」
「誰に言ってんのよ!」
 もはや当初の目的も忘れ、俺たちは敵を殲滅しにかかっていた。

To Be Contined

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