[ INDEX ] > [ genocider ] > [ #02 ]
<<BACK  [ CONTENTS ]  NEXT>>

[02]


 暴君が軍を整えているのは王都とは目と鼻の先、南西約八フェダ(約二.四キロメートル)のあたりを北西から南西にかけて流れる西方世界屈指の大河、フェーズ河の対岸に広がる山岳地帯だ。
 ちなみに峠を二つ越えれば、すぐフェーズ河のほとりに出られる。
 対岸は見渡すばかりの麦畑。彼方には三重の城壁に囲まれた王都も見える。ついでに巨大な石橋を中心に、対岸に布陣した伯爵軍約一万も一望できた。
「やはりな……」
 峠の下り道で一端、馬をとめてグルリと陣形を眺めてみる。
 橋の向こう側には半球状に柵が建てられ、その周囲に弓兵と思われる連中が詰めていた。その両側に天幕が多いところを見ると、伯爵軍の切り札ともいうべき重装歩兵が待機しているのかもしれない。騎兵はこれらの陣より少し奥のところに天幕を張っている。
 完全な防御陣形だ。
 本気で王国軍を討つ気なら、いつでも橋が渡れるようにこちら側に陣を敷くはずだ。それをしないということは、討って出るつもりが無いということを意味している。
 よしよし、どうやら俺の推測は的中したようだな。
 俺は鼻歌を歌いながら黒馬の腹を蹴り、先を急がせた。
 念のために武装を確認。
 鎖帷子の上に腕、肩、胸、腰、脛(すね)を覆う黒い合板鎧を身につけているというのが、今の俺の格好だ。マントなんて邪魔なものはつけていない。兜はT字に隙間が空いている丸みを帯びたやつで、額から空に向けて螺旋を描く山羊の角が二本、突きたっている。
 そうそう。言ってなかったが、左手には斧槍(ハルバード)という武器を持っている。槍の先端に斧状の刃がついた武器だ。しかも、こいつはドワーフ製の逸品で、三年ぐらい前、ある貴族が使っていたものを奪ってから愛用し続けているものだ。
 こいつは全体がひとつの金属で作られている。
 ついでに黒い。
 さらにいえば、俺がまたがる黒馬にも黒い馬甲を付けている。
 黒い《殺戮者》――なかなかいいイメージだろ? 実際、この格好にしてからの“敵”の必至度は従来の二割増しって感じだ。さらに一割増えるなら、邪魔なだけのマントも考えていいかもしれない。難しいところだ。
――止まれぇぇぇ!
 橋を渡りだしたところで、対岸から大声が響いてきた。
 随分とでかい声だな。
 俺は気にせず、橋の中央をゆっくり進んでいった。
――止まらないと撃つぞぉぉぉ!
 撃てよ。
――ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!
 連中は本気で撃ってきた。
 空に向かって一斉に放たれた百本以上の弓矢は、弧を描きながら俺の頭上に落下してくる。だが、そんなものは恐れるにたりない。
――ブォン
 ベルトのバックルにつけた魔水晶が赤黒い光を放った。
 矢という矢が軌道を変え、俺の周囲にのみ降り注ぐ。
 矢逸らしの宝珠だ。こいつを手にいれたのは五、六年前だったと思う。爆炎をぶつけてきた魔術師がいたんで、そいつを斬り殺してみたら、そいつの腰にこれがあったという次第だ。以来、俺は矢で傷ついたことがない。
 もっとも、この宝珠は辺境伯の重装歩兵全員が見つけているような、それほど珍しくない魔法の品だ。ついでに連中の全身合板鎧は魔封じの力さえあるらしい。まぁ、魔族相手に戦う以上、それぐらいの備えは必要だろう。
 無論、俺が今身につけている鎧も、魔封じの刻印が内側に刻まれた逸品だ。なお、こいつは戦利品じゃない。ドワーフに作らせた特注品だ。蓄えの全部を使い切ったが、魔法なんて興ざめの戦術を全部無効化してくれるんで、かなり気に入っている。
「止まれ!」
 さらに敵陣に近づくと、ひとりの騎士が柵を越えて俺に近づいてきた。
 白馬の騎士だ。しかも伯爵軍のお家芸である全身合板鎧まで白く染め上げている。所々に走る赤いラインは、実に女性的でセクシーだ。もしかすると女騎士だろうか。手にする武器も長刀(グレイブ)だし、声からしても男だとは思えない。
「暴君に使える《殺戮者》ジーク卿とお見受けするが、いかに!?」
「あんたは?」
 俺はさらに馬を進めた。
「義によってラインフォート辺境伯に力を貸す者! アルゼリアのフェイゼル!」
 俺は眉をあげて、驚きを表現した。
 それではまだ伝わらないだろうから、馬を止めることにする。
「へぇ……妖精騎士が、なんでまたこんなところに?」
「言ったはずだ! 義により力を貸したと!」
 女騎士は兜の顎止めを外すと、一気にそれを脱ぎ取った。
 ドワーフの細工物を思わせる黄金色の髪が広がった。切れ長な目尻はどこまでも鋭く、白い肌は大理石よりも瑞々しい。エメラルドグリーンの瞳は怒りの輝きを宿し、わずかに先端が尖った耳は、彼女がエルフ族の一員であることを告げていた。
「これはこれは……押し倒したくなるぐらいのべっぴんさんだな」
「黙れ! この外道!」
 外道ときたか。まぁ、妖精騎士からすれば、俺みたいなやつは外道中の外道だろう。
 なにしろアルゼリアの森に住むエルフ族の妖精騎士といえば、西方世界で唯一無二の正義の集団だ。連中の相手はこの世に歪みをもたらす魔族のみ。西方世界全域を駆け回り、出没する魔族という魔族を無償で倒し続ける正義の集団。そんなヤツらが仲間にいるとなれば、そりゃあ、伯爵軍の士気もあがるはずだ。俺の正体に気づいても大きな騒ぎが起こらない理由は、おそらくこいつだな……
「おぬしの数々の悪事、知らぬとでも思っているのか!?」
「どうでもいいさ」
 俺はニヤリと笑い、黒馬の腹を蹴り上げた。
 いななきをあげた黒馬が猛然とアルゼリアの妖精騎士に向かう。
「名乗りも上げずに――!!」
「死ねばそれまで」
 俺はすれ違い様、斧槍で妖精騎士の首を切り落とそうとした。
 一撃で決まれば、さぞいい演出になったはずだが、
――キンッ!
 真下から振り上げられた長刀で弾き上げられた。
「おっ、力持ちじゃん」
 俺はすぐに馬首を巡らせた。
「名乗れ! この外道騎士! 名乗らぬ相手と戦う刃は持たぬ!」
「あっ、そっ」
 俺は馬を走らせ、近づいたところで歩かせてから斧槍を突き出した。
 左に弾かれる。
 攻撃は無い。本気で名乗らない限り、戦うつもりが無いらしい。
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
「……どっちが?」
 さすがに腹がたってきた。俺は足の力だけで鞍に体を固定し、斧槍を両手で握った。
「単なる殺し合いだろ、こいつは」
「なにを――!?」
 斧槍を繰り出す。妖精騎士はこれを弾いた。
 反動を殺さず、斧槍の尻で側頭部を殴りつけようとする。これも妖精騎士は弾きあげた。
 その反動にちょっとした力を加え、馬ごと下から切り上げようとする。
 妖精騎士は馬を引き、これを避けた。
「あいわかった!」妖精騎士は怒りの形相になった。「貴様は魔族の一種と見なす! ならば騎士の作法は不要!」
 長刀が振り下ろされる。
 早い。
「ちっ――」
 俺は斧槍の黒鋼の長柄で受け止めた。そのまま馬を進め、詰め寄ろうとする。
 それよりはやく妖精騎士はさらに退いた。
 左からの一撃――弾き上げる。
 刹那の間もなく右からの一撃――これも弾き上げる。
 突き。横に弾く。
 突き。横に弾く。
 突き、突き、突き。弾く、弾く、弾く。
 なんだこの早さは。
 妖精騎士ってやつら、全員、こうなのか!?
「どうした《殺戮者》!? 貴様の実力はその程度か!?」
 妖精騎士は休み無く攻撃を続けてきた。
「いいね……」
 俺は笑った。
「やろうじゃないか……とことん最後まで!」
 俺は頭を切り替えた。“蓋”を開けたという方が正しいかもしれない。
 一切の雑念が頭の中から消え失せる。
 脳裏をよぎるのは間合いと予測される攻撃軌道と……
「なっ!?」
 今度は妖精騎士が驚く番だった。俺の早さが一段階、上昇したためだ。
 俺は一匹のケダモノとなって、猛然と妖精騎士に襲いかかった。

To Be Contined

<<BACK  [ CONTENTS ]  NEXT>>
[ INDEX ]

Copyright © 2003-2004 Bookshelf All Right Reserved.