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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[44]


「貴様は……何者だ…………」
 レイスはどうにか誰何の言葉を絞り出した。《システム》側からの象徴処理とやらが利いているのだろうか。息苦しさが募り、思考がうまくまとまらない。驚愕的な事態に遭遇した人間は、誰もがそうなるものだと頭ではわかっていたが、そうだと割り切れない自分もいる。そんなレイスの心境を把握しているはずの黄金の少年は、こともなげにこう答えた。
「その質問は無意味だよ」
「……答えろ」
「だから、無意味なんだって。ボクという主体は、四十二億九千四百九十六万七千二百九十六バイトのメモリー領域を利用するコミュニケーション・インターフェイスの部分だけと考えることもできるし、四千八百三十四人の脳神経系と結びついたネットワークと定義づけることもできる」
「……なに?」
「だから、ボクという主体の境界はひどく曖昧なんだ。強いて言えば、胎児期の状況に近いかな。胎児のネットワークは自己と母胎の区別が非常に曖昧じゃないか。それでいて、区別そのものはしっかりとやっている。そもそも、『私』という象徴は、とてつもなく不安定だろ? ボクが『ボク』をボクと呼んでいるのも、単にコミュニケーションの様式に従い、そう仮定するのが、象徴の交換をよりスムーズに行えると判断した結果さ」
「……笑えないな」
 レイスは目を閉ざし、ふぅと息を吐いた。
「安直だ。馬鹿馬鹿しい。貴様は――自分がコンピュータだと言いたいのか?」
「BABELのこと? それは違うね。BABELをボクだと定義づけるのは、心臓を指さして人間だと言うことに等しいよ」
「だったら、貴様はどう仮定している。定義ではなく仮定だ。貴様という存在は、どのように呼ばれるのが適切であるか」
「いいね。面白い質問だ」
 黄金の少年はニヤリと笑い、自らの胸に右手を押し当てた。

「ボクは『 WIZARD LABYRINTH 』というゲームだよ。そう仮定している」

――カチンッ
 金属質な物音が響いた。一度はギョッとし、音の出所に視線を向けた。
 クロウだ。
 彼はカタナを鞘に収め、スッと立ち上がり、半身を黄金の少年に向けている。
「……すごいね、キミ」
 黄金の少年は振り返った。
 クロウは無表情のまま、ジッと彼を見返し続ける。まるで水をうったような静けさすら感じるが、同時に次の瞬間には何かをしでかしてしまいそうな危うさも漂わせている。
「キミのような事例は世界的に稀なんだ」
 黄金の少年は笑みをこぼした。
「《研究所》では、キミのようなネットワークを《RB》って呼んでいる。キミ、昔から手先が器用だったろ? コツを掴むのが早くて、誰かを驚かせたりしたことも……それが《RB》、“柔軟な頭脳(ラバーブレイン)”の略称さ。キミは状況に応じて、脳神経系というネットワークを短時間で最適化できる人間なんだ」
「……で?」
 クロウはカタナの鯉口を切っていた。
 姿勢は単に立っているだけの自然体だが、たったそれだけのことで拡散していた彼の気配が一筋の線のように引き絞られた。さながら、抜き身の刃のような気配だ。
「だから、キミは素晴らしいって言ってるんだ」
 黄金の少年は心の底から楽しそうに微笑んだ。
「この仮想現実世界において、《RB》は最強といえるユーザーさ。ただ、《システム》の影響を受けやすいという欠点も持っている。この迷宮に話を限定するなら、《RB》はプレイヤーに対しては最強になりえるが、《システム》の奴隷になりやすい存在だとも言える……キミの隣りに、いい事例があるだろ?」
 クロウは表情を変えず、首だけを巡らせた。
 リーナが震えている。両手に小太刀を手にしたまま、両目を見開き、ねっとりとした汗を浮かべつつ、小刻みに震え、なにもできないままたたずんでいる……
「ところが、だ」
 黄金の少年が言葉を続けた。
「キミは《システム》に隷属していない。この外装はデフォルトで、攻撃を忌避させる象徴と結びついているというのに、キミは迷うことなく、ボクを攻撃した。リーナは、それに釣られて動いただけのこと。おかげでリーナは、今現在、禁忌破りの罪悪感に苛まれている。当然だ。彼女は《RB》であり、象徴処理の影響を受けやすいからね。ただ、完全な奴隷というわけでもない。キミに釣られて攻撃したように、迂回する手段は、いくらでもあるんだ」
「……なんとかしろ」
「リーナを? 無理だよ。この外装はカテゴリーがEA……あぁ、イベントアクターの略称なんだけど、そのカテゴリーなんだ。ボクは、EAのキャラクターを使用しないと、こうしてキミたちとコミュニケーションをとることができない。つまり、彼女の拒否反応をどうにかするには、ボクがこの場から消え去らないといけないんだ。もちろん、話すことを話したら、すぐに消えるつもりだけどね」
「――クロウ!」レイスが叫んだ。「リーナを連れて外に出ろ! 今すぐ!」
 瞬間、クロウは動いた。
 黒い疾風と化したクロウはリーナを抱きかかえながら南側のドアまで後退した。黄金の少年は「へぇ」と告げるだけだ。ゆっくりと隔壁があがると、クロウはすばやく、その下に潜り込んだ。
「そういう手もあったんだ」
「貴様は《システム》そのものだろ。なぜ気づかない」
 レイスは敵意に満ちた眼差しで黄金の少年を睨みつけた。
「仕方ないさ。ボクは想定されていることしかできない。自我を持っているように思えるのは、あくまでコミニケーションがとれているからさ。いや、キミたちが、そうだと思い込んでいるだけだね。ボクという存在は、観察者が現れることで、初めてボクという主体を手にいれるわけなんだし」
「……そんなことはどうでもいい。さっさと全員をログアウトさせろ」
「それは無理だよ」
「なぜだ」
「誰も望んでいないじゃないか」
 黄金の少年はレイスに向き直った。
「少なくとも最初はそうだったろ? ずっとここにいたい。ゲームを続けたい。三時間なんて時間制限はいらない。もっと冒険したい。現実には体験できない経験をたくさんしたい。特別になりたい。平凡な自分に戻りたくない。そう望んだのは、キミたちだろ?」
「……お約束すぎる。クソゲーだな、貴様は」
「そうだね。ボクもそう思うよ。あまりにも芸が無い。でも、ボクはユーザーを喜ばせるために生み出された存在なんだ。究極の娯楽……平凡な一般市民が、後ろめたさに苛まれることなく、思う存分、現実逃避ができる環境を整えることこそ、ボクの存在理由なんだよ」
「なにが存在理由だ。独創性の欠片もないくせに」
「現実なんて、そんなものだろ?」
「笑えない言葉だな。特に、貴様の口から吐き出された言葉かと思うと」
「それより、聞きたいことがあるんじゃない?」
 黄金の少年は左手を腰にあてた。
「ボクはそのためにここにいるんだけど」
 レイスはカシャンッと音をたてながら杖を床に突き立てた。
「ユーザーからの要請だ。全員を即刻、強制ログアウトさせろ」
「だから、それは無理なんだよ」
「最初はどうだったか知らないが、今は一日もはやくここから出たい。そう思っている者が多いはずだ。違うとは言わせないぞ」
「そうでもないよ」黄金の少年は苦笑した。「それに、やるとしたら《システム》を停めるしかないんだ。ところが、ボク自身には《システム》を停止させる権限も機能も無い。つまり、不可能なんだ」
「……なぜだ?」
「質問が曖昧だね。これは質疑応答なんだ。明示されない象徴は無視させてもらうよ」
「……なぜログイン状態が維持されている」
「その前にさ、ここでの死が現実の死と直結しているのかどうか、確かめないの?」
「愚問だ。貴様の存在理由とやらを考えるなら、ユーザーを殺す理由がどこにもない」
「ごもっとも」
 黄金の少年は肩をすくめた。
「でもね、世の中には命懸けの娯楽がたくさんあるんだ。登山なんかが、いい例だね」
「………………」
「というわけで、死ぬよ」
 彼はこともなげにサラリと告げた。
 しかし、レイスは即座に最初の質問を繰り返した。
「だったら余計に解せない。なぜログイン状態が維持されている」
「ノーコメント。ゲームをクリアすれば、いやでもわかるさ」
「……どうすればクリアしたことになる?」
「最初に言ったろ。魔術師ワーグナーを倒すだけだよ。もっとも、下手したら永遠に不可能かもしれないけど」
「どういう意味だ?」
「ここへの到達者は、キミたちが二番目なんだ」
「一番目は?」
「自治会執行部」
 ざわめきが起きた。無言を貫いていた他の面々も、これには反応した。
 黄金の少年はクスクスと笑い出した。
「あれは見物だったよ。ここのGC、百二十八体だったじゃないか。だからだろうね、あいつらも百人で押し掛けてきたんだ。でもね、最後まで生き残ったプレイヤー、何人だと思う? 二人だよ、二人。それもね、GCはそのうちの一人が全滅させたも同然だったんだ」
「……そいつは誰だ?」
「マコだよ。キミたちの仲間だった」
「………………」
「もう一人はアズサ八号。ここはチェックポイントだったからね。最初に通過できた二人には、ボーナスを与えておいた。エクストラスキルはアズサ八号のものになったよ」
「それはなんだ?」
「みんなの願望を形にしたものさ。最初のエクストラスキルは、個人の願望を、どんなものでも、ゲームに関係なく実現できる……刹那的にだけどね、とにかく、そういうことをできるよう、ちょっとだけ細工をほどこしたスキルで――」
「“ブレインファンタズム”か」
「そう、それ。命名者はアズサ八号。彼が無意識的に、『脳』と『幻影』って象徴を意識したから、そういう名前を選ばせてもらったんだ」
「二つ目は?」
「“マスター・オブ・ラビリンス”――遭遇したクリーチャーを従属できるスキルさ」
 レイスは黙り込んだ。
 他の面々も、その言葉に秘められた事態の深刻さに恐怖した。
「そう、その通り」
 黄金の少年はレイスに微笑みかけた。
「命名者は今回もアズサ八号。彼は魔術師ワーグナーになりたいと思ってたんだ。この迷宮の主人にね。面白いプレイヤーだよ。もともと『自分の代わりに戦ってくれる人』を求めるプレイヤーが多かったから、その手のエクストラスキルになるだろうなぁって予想はしてたけど……名前がふるってるね。迷宮の主人なんて」
「……今、何処に?」
「第九階層のダウンゲート。リカバリィポイントも同じ部屋にあるから、そこに腰を落ち着けて……」
 黄金の少年はなぜか両眉をあげた。次いで首を横にふりつつ、肩を落とした。
「クリーチャーが相手でもってお構いなしとはね……」
「……なんのことだ?」
「生殖行動。見せてあげられないのが残念だけど……本当にすごいね、彼は。嗜好がここまで二転三転するなんてさ。ある意味、クロウ以上に貴重なネットワークの持ち主なのかもしれないよ、彼って」
「……あまり聞きたくはないが、どういう意味だ」
「彼はね、自らを嗜虐的な小児性愛者だと定義づけていたんだ。ところが、ネットワークの制限を解き放ったら……あぁ、“ブレインファンタズム”ね。彼は最初の被験者なんだけど、それを実行したら、被虐性にも目覚めたんだ。そこから『幼少期の自分を罰したいという欲求が自分の狂気の源泉』だと再定義したんだけど、そこからさらに変化してね」
 黄金の少年はスラスラと語り続けた。
「多分、カヲルっていう、中性的で少年的な男性外装女性プレイヤーが原因なんじゃないかな。端的に言うなら、彼は彼女に欲情したことで、自分の嗜好を『嗜虐的な同性小児性愛者』に再々定義したんだ。少年を嗜虐することで、幼少期の自分を罰している気持ちになり、自らも罰せられているという錯覚を抱くようになった、とでも言うべきかな?」
「……冗談だろ」
「ところが、本人はそうだと確信している。これだから心理学は宗教だって言われるんだ。素人診断ほど恐いものは無いっていうのに」
「……事実は違うのか?」
「さぁ?」
 彼は再び肩をすくめた。
「ボクにわかるのは、それぞれの象徴がどのように結びついているかぐらいさ。それも、アクティブになった象徴しか、ボクにはモニターできない。そしてアズサ八号というネットワークは、不完全な心理学知識をひとつのアーキタイプとして利用している。キミが仏教的な思想をアーキタイプに用いているのと同じ様に」
「……私が?」
「どうでもいいことさ。それより、質問はこれでいいのかな?」
「まさか。だが――」
 レイスは冷笑をうかべた。
「貴様の話が真実だという保証はどこにもない」
「へぇ……面白い考え方だね」
「あぁ、仮におまえが、本当に私の頭の中を読んでいるとしても――私はその事実を受け入れない。そんな気色の悪いこと、誰が信じられるか」
「だったら質疑応答はここまでだね」
「いや、最後にひとつだけある」
「なに?」
「今の我々で、クリアは可能か?」
「……微妙だね」
 黄金の少年は腕を組んだ。
「ワーグナーを倒すだけなら、クロウさえいればなんとかなる。想定されているクリアーレベルは九十だけど、彼はその域を超えているんだ。第九階層が面倒だけど、そこで消耗しなければ問題無し。それこそ、クロウ一人で十階に下りた時点でクリアは確実。断言してもいいよ。ただね――」
 彼は苦笑した。
「規格外の強さって意味では、アズサ八号とマコも同じなんだ。彼らのゲーム的な強さは、キミたちより少しだけ下なんだけど……それとは違う強さを持っている。クロウと同じように。そして彼らは、どうやら第十階層への侵入者を阻害するつもりでいるみたい。その点を考慮すると、不確定要素が多すぎてなんとも言えない。それが《システム》から見た結論だよ」
「もうひとつある」
「最後じゃなかったっけ?」
「なぜ、出てきた」
 レイスは半歩踏み出した。
「どうしてベラベラと話している。貴様はなんのため、私たちの前に姿を現した」
「ノーコメント」
 黄金の少年はニヤリと笑った。
「でも、ヒントなら教えてあげるよ――全部、無意味だからさ」
「……無意味?」
「娯楽に意味なんかない。ただ、娯楽であることだけが求められる。だからボクはここに現れた。チェックポイントの通過というフラグに介入して」
「………………」
「以上で質疑応答は終了。話したいことも話したし、ボクは消えるよ。じゃ、頑張って」
「待て! なにを話すつもりで――」
 消え去る直前、黄金の少年は答えた。

「ノーコメント」

 黄金の少年は、砕け散るように黄金色の粒子と化し、姿を消した。

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