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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[23]


「俺のこと覚えてる? あの時、一緒に動いた重戦士。キャラ名はリチャード」
「名前以外は覚えてる」
 リコは差し出されたリチャードの手を握り返した。
「でも、それ以上の個人情報は言わないで。ネットで個人情報を晒(さら)すものじゃないでしょ?」
「確かに」
 リチャードと名乗った金髪の青年は「隣、いい?」とさらに尋ねた。
 彼女はうなずいた。妙な誘いでないことぐらい、彼女にも察しがついている。
「ええっと……こっちはボーイ、こっちはワイズ」
 下の段に移ったドレッドヘアーの男性外装――ボーイは軽く会釈をした。リチャードの後ろにいる大柄なスキンヘッドの男性外装――ワイズも軽く会釈してくる。
 リコは二人に会釈で応え、
「どういう要件?」
 とリチャードに向き直った。
「SHOPで食べ物が買えることは?」
「知ってる。確かめたし。でも、睡眠を除いたら、なにもする必要がないでしょ、ここにいる限り」
「そう。別に食べ物を買う必要も無い。でも、なにもせず助けを待つのもなんだと思わない?」
「冒険に出るつもり?」
「気晴らしの食事を食べられる程度は稼ごうかってこと」
「死ぬかもしれないじゃない」
「でも、普通に戦えば倒せない相手でも無い」
 リチャードはコロシアムの南西部に視線を向けた。
「実際、毎日下に降りて戦ってる連中もいる」
「例の攻略するって言ってた連中でしょ」
 リコも同じ場所に視線を向けた。
 皆が直に座るか寝ているというのに、そこにいる一部の集団だけは幅のある最上段に並べたベッドを使い、ゆったりした調子でくつろいでいた。
 人数は全部で二十八名。
 プレイタイムから逆算したリアルタイムを使用し、午前に半分、午後に半分が第一階層に向かい、夜には数名ずつで歩哨をたてるという生活をこの二日ほど続けている集団だ。後に攻略隊と呼ばれることになる面々である。
「素直に待ってればいいのに」
 呆れたようにリコは言い放った。
「本気の言葉かい?」
 リチャードは真顔で尋ねた。
「当然じゃない。真犯人が誰であろうと、PVを普及させるにはこんな事件、放置しておけるわけがないわ。どんな手を使ってでも、助けようとするはずよ」
「同感だ」
「だったら大人しく待ってればいいのよ。そもそも遭難したら、ジッとしたまま待ち続けるのがセオリーじゃない」
「正論だ」
「でも、暇に殺されるより健全ね」
 リコは立ち上がった。
「私、チュートリアルはクリアーしてるの。そっちは?」
「三人ともクリアーしてるよ」
 リチャードは苦笑を漏らしながら立ち上がった。
「多分、君もそうだと思ったから誘ったんだ。あの時の戦いっぷり、なかなか堂にいってたからね」
「パーティの人数制限は?」
「攻略してる連中が下に行く時は必ず六の倍数だから、多分、六人だと思う」
「三人とも重戦士?」
「いや、ワイズは聖職者。君もだろ?」
「バランスで言えば残るふたりは魔術師よね。心当たりがあるわ」
「チュートリアルをクリアーした魔術師かい?」
「えぇ。間違いないわ。本人がそう言ってたし」
 少なくとも盗み聞いた限りにおいては。
「待ってて。話、つけてくるから」
 リコは身軽に段差を降りていった。
「すみません。お二人とも魔術師ですよね? チュートリアル、クリアーしてますか?」


 魔術師のジンとアケミは遭遇時に魔法を打ち込む。そこに重戦士のリチャードとボーイ、聖職者のリコとワイズが武器を手に挑み掛かり、魔術師二人がヒールクリスタルを具現化させた状態で待機する。そんなスタイルで彼女たちは第一階層を冒険してみた。
 これがなかなか面白い。
 縦、横、高さが三メートルの“一ブロック”という単位は、武器を振り回すにはちょうど二人分に適した広さを持っている。そのため前衛は二名ということになるのだが、その気になれば攻撃をかいくぐり、前衛を抜けることも難しくないスペースが残っている。そこで中衛として二人が待機、抜けてきた敵を止めるスタイルが考えられた。こうすると止めた敵に後衛の魔術師二人が攻撃できるため、まず押し切られることがなくなる。当初はこれが、うまく機能した。
 しかし、このフォーメーションも戦況の変化によって大きく崩れることがある。
 例えばミノタウロス。
 巨漢の突進はいくらなんでも止めることができない。勢い、後方への侵入を許すので中衛と後衛を即座に入れ替えなければならなくなる。ただ、敵が大きいため前に誰かがいても楽に魔法が当てることができた。そのためパーティで戦うとなれば、それほど苦慮する相手にはならなかった。
 面倒なのはグレイハウンドの集団だ。
 普通の狼さながら、グレイハウンドは動きが素早く、それなりに連動した攻撃を仕掛けてくる。そこで三−一−二というフォーメーションを試してみたが、時折、それでも後衛まで抜けられることがあった。得に向こうが六体を越えると、まず間違いなく三枚の壁を突破される。そこでその時には魔術師二人を残り四人で囲むという方式がとられた。
 これらのフォーメーションの発案者はリコである。
 彼女自身も驚いたが、咄嗟の状況判断に関して、リコは類(たぐ)い希(まれ)な発想力を持っているらしい。
「リーダーは君だな」
 しばらくリーダーを務めていたリチャードはリコにその座を譲り渡した。
 誰もが納得づくの交替だった。
 そもそも二−二−二と三−一−二のフォーメーションの時、リコは自然と中衛を任されていた。当然、手が空くことが多いので戦況も冷静に判断しやすい。また、突破された場合も彼女は適切な指示を前衛に出していた。
 高校に入ってから始めたバスケットボールの経験、ディフェンス時の感覚が役立っているらしい。
 確かに切り込まれないよう注意するのが第一義だと割り切ってしまえば、バスケのディフェンスは迷宮での戦いに似ていなくもない。
「意外と攻略目指してもなんとかなるんじゃねーの?」
 プレイタイム十一日目――コロシアムへと帰還し、SHOPで買い物をしている際、売却したドロップアイテムの総額が予想以上に良かったことから、ドレッドヘアのボーイが軽薄そうな笑顔と共にそう口にしていた。
「なるわけないじゃない」
 多少、ムッとしたリコはピシャリとボーイの言葉を否定した。
「チュートリアルの時に一人でクリアーできた場所でしょ、第一階層って。そこを六人で回ってるのよ。楽勝なのも当然よ。調子に乗って危ない橋を渡りたいなら攻略隊にでも入ったらいいんじゃない? 連中、もう第二階層でいろいろやってるみたいだし」
 そう告げながらリコは肩越しに振り返ってみた。
 コロシアムの光景は今や大きく様変わりしている。SHOPで購入できるインテリア系アイテムを並べ、即席の寝床を作る者たちが増えているのだ。中でも観客席南西部に陣取る“攻略隊”――攻略を目指している面々――の寝床は大量の自在棚とカーテンを使用しているため、即席住居と言っても良いような様相を呈している。
 ある意味において、その光景はコロシアムに活力を呼び込んだ。
 やはり誰でもプライベートな空間は欲しい。九日目の段階で“コロシアムでのセックスはタブー”という雰囲気が生まれたものの、やはりやることもないので性的な刺激だけでも欲しがる者が多かった。しかし、だからといって第一階層でやるにしてもクリーチャーの恐怖があるので今ひとつ熱中できない。そうなるとコロシアムのどこかで隠れてコソコソとやるしかないが、隠れる場所は作らない限り手に入らない……
 こうして今や、コロシアム中のプレイヤーがパーティを組んだり、冒険に出ることを考えるようになっていた。
 良い兆候だと思う。
 ただ、不安から叫びだしたり、暴れ出したりする者が絶えたわけではない。そのうえ昨日あたりから、他人の食べ物を奪おうと騒動を起こす者も現れだしている。小耳に挟んだところでは、第一階層で性を売り物にしている強者(つわもの)の女性外装プレイヤーも現れだしたとか。
 これは悪い兆候だ。
 だいたい、外部からの救援が訪れないことへの不安は蓄積する一方だ。良くも悪くも、攻略隊が呼び込んだ活気は、不安と不満という火種に対する油の役割を果たしているのだ。このまま混沌とした活気が膨れあがれば、あの日の大暴動が再現されかねない状勢ですらある。
(どうにかするべきよね……んっ?)
 ふと顔をあげると、アケミが微笑みながらリコの腕をソッと掴んできた。
「リコちゃん、どうかした?」
 彼女は心配げな笑みを浮かべていた。
 リコは咄嗟に首を横にふり、
「ううん、また騒動でも起きたらたまんないなぁって思っただけ」
「……そうね」
「そうだね」
 アケミの隣でSHOPウィンドウを操作しているジンも同意の声をあげた。
「また不安というか、不満というか……そういうもの、溜まってきてる感じだし」
「でしょ?」
 リコは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「やっぱり何かこう、みんなをまとめるものが無いとダメだと思うの。それで不満が解消されるわけじゃないけど、団結してるんだーって感覚があれば、不安の方は解消されるじゃない。せめて攻略隊みたいな寝床を計画的に作って管理するものとか……」
「町内会……じゃないね、自治会みたいな感じかな」
「そう、それ。そんな感じものがアレば、精神的に弱い人のメンタルケアとか、そういうことも考えられるようになるんじゃないかな。みんなが冒険に出られるほど精神的に強いわけじゃないし」
「“働かざる者、食うべからず”じゃねーの?」
 ボーイは面白く無さそうに言い放った。
「福祉を知らない人間の言葉ね」
 リコはさらりと言い返した。
「まぁまぁ」
 とジンが間に割ってはいるが、
「っせーな。別に喧嘩してるわけじゃねーって。それよりおっさん、魔法の照準の付け方、もう少しなんとかしろよ。今日も何回か俺に当たりそうになったろ。いーかげんいしろよ。背中まで気にしなきゃなんねーのか?」
「あっ、いや……ごめん。気を付けているんだけど…………」
「ったくよー」
 ボーイは早速ハンバーガーを具現化させ、ムシャムシャと食べながら一行が休息に使っているお決まりの位置――観客席の東側――へと歩き出した。
(もう少し年上を敬いなさいよ!)
 心の中で怒鳴りながらも、苦笑を漏らすジンや、そんな彼のもとにスッと身を寄せるアケミに複雑なものを感じずにいられない。
(そりゃあ……)
 ジンは下手だ。
 もっと言えば――応用が利かない。
 アケミは言われる前に行動を起こすが、ジンはリコの明確な指示が無いとフレイムアロー以外の魔法を使おうとしないのだ。これには正直、リコも落胆している。
 今はフレイムアローさえ使っていればどうにかなっているが、状況によって、軌道がカーブするフレイムシュートや壁に反射するフレイムボールが適している場合もある。しかしジンは、馬鹿のひとつ覚えのように直線的なフレイムアローばかり使おうとする。これだから――本人はアケミにしか語っていないつもりだろうが――大学受験に二度も失敗するのだ。地方公務員試験の結果も見えているような気がする。ものすごく心配だ。
 しかし、ジンは常に一生懸命だ。そのうえ皆にも気を使ってくれる。
 疲れていれば大丈夫かと声をかけてくる。
 不安に苛まれている時も、何気なく語りかけてくれる。
 リコに対してだけではない。アケミにも、リチャードにも、ワイズにもそうしてくれる。
 これは戦闘でのマイナスを大いに打ち消してくれるプラス要素だ。
 リコは性格が性格のため、小学校の頃は児童会の、中学と高校では生徒会の役員や会長として組織を運営する立場になった経験がある。高校では同時にバスケ部の主将も務めているから、組織運用の難しさというものも理解しているつもりだ。
 だからこそ、ジンは貴重な人材だと考えている。
 人間関係を円滑にしてくれる潤滑油が存在するかどうかで、組織の力は天と地ほど変わるものだ。少なくともリコはそう感じているし、父からもそう教わっている。
 だが、リコがそう考えていることをボーイは面白く思っていない――そこが問題だった。
 どうやらボーイは十代後半の男子高校生か男子大学生らしい。しかも、異性を見る目をリコに向けている。外見に対しての劣情ではなさそうだが、同世代の異性に対する“もてたい”という願望の現れだとすれば、余計にたちが悪い。そう考えると、リコは頭痛を覚えずにいられなかった。
 なにしろボーイは戦闘においてリチャードと並ぶパーティの主戦力である。
 活躍もしている。
 危機を救われたことも何度かある。
 だが、リコはそんなボーイよりジンを頼りにしている。帰るかどうかという相談も、リチャードとジンに聞くのが通例だ。決してボーイには尋ねない。いや、仮に尋ねても「俺はやれるけど」としか答えないため、尋ねないようになっただけだが、そうであることを本人が理解していない。
 これがリチャードなら、
――時間的には問題無いレベルだろう。クリスタルもまだある。大丈夫じゃないかな。
 と根拠を告げてくれる。
 ジンの場合は、
――途中まで引き返してから決めるのはどうかな。大丈夫そうなら別の道に行ってもいいし。
 と代案を語るか、誰かを一瞥してから、
――今日はそろそろいいんじゃないかな。
 と告げるのが通例だ。もちろん、一瞥した相手は心理的に疲れてきている相手である。リコには見分けがつかないが、ジンにはわかるらしい。実際、気力が落ちてきたリコを見据えてから同じ言葉を告げてきたこともある。多分、わかるのだ。ある程度のことなら。
「リーダー!」
 振り返るとSHOPではなく別の場所に行っていたリチャードが、長い黒髪をなびかせる男性外装の甲冑騎士と共に階段をあがってくるところだった。
「覚えてるかな、今日、一階ですれ違ったパーティのリーダー」
「リトルジョンです。実は“あの日”も、そばにいたんですが……覚えてますか?」
「ごめんなさい。あの時は無我夢中で」
 リコは差し出された手を握り返し、リチャードに顔を向けた。
「どうかしたの?」
「いやね、見掛けたもんだから声をかけたら、妙な具合に話が盛り上がっちゃって」
「実は自警団みたいなものが必要なんじゃないかって考えてまして」
 リコは目を丸くした。
「あの……もしかすると違うかもしれないんですけど、寝床を整えたり、メンタルケアが必要な人を支えたりするものがあった方がいいって、ついさっき、うちのメンバーと話し合ってたばっかりなんです」
 リコが二人に視線を向けると、ジンとアケミはリトルジョンに会釈をしていた。
 リトルジョンも会釈を返し、
「そうでしたか。いえ、別のパーティのリーダーにも、同じことを考えてる人がいるんです。もし良かったら一緒に話しませんか? そうでなくても、あなたと話したがっている人がたくさんいますし」
「私と?」
「えぇ。あなたのその鎧、レアアイテムですよね? それに外装は……」
「随分前に計測したデータです。今はブヨブヨに太ってます」
「主に胸元が?」
「そういうのはセクハラで訴えられますよ。最近はなんでも男女平等ですから」
「やっぱりわかります?」
 リトルジョンは見方によっては女性的にも見える男性外装でクスクスと笑い出すのだった。

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