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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[04]


――バリンッ!
 ガラスが砕ける音を響かせながら、ミノタウロスは砕け散っていった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
 クロウはペタッと座り込み、そのまま大の字に寝そべることにする。
(きつぅ…………)
 予想外の長丁場だった。同じ攻撃を与えても、頭部、胸部、腹部、四肢の順にHPバーの減少率が違うということに、クロウがなかなか気づかなかったせいだ。まだまだ戦闘中は無我夢中で、細かいことなど気にしていられないだけという話もあるが。
「フゥハー、フゥハー、フゥハー、フゥハー」
 ちらりと顎をひくと、少女のほうもペタリと内股気味に座り込み、全身で呼吸していた。
 かなり疲労したらしい。
 だが、彼女は、ムッとした表情でクロウを睨みつけていた。
 クロウもムッとする。成り行きだったとはいえ、自分は“助けた恩人”のはずだ。しかも最後の一撃はちゃんと彼女に譲っている。感謝しろとも言いたくないが、睨まれるようなことは何もしていない。
「ちょっと、あんた」
 彼女が声をあげた。
「なんなのよ、あんた」
「フゥ……ハァ…………」
「ちょっと!」
 いらだたしい彼女の声が、余計、クロウの癇(かん)に障(さわ)った。
「プレイヤーだよ! 見ればわかんだろ!」
 勢いよく上体を起こしながら、クロウはブロードソードを持つ右手で頭上を指さした。そこには“KLAW”という白い立体文字と黄色になるまで減少したHPバーが表示されている。
 赤文字はクリーチャーかPK(プレイヤー殺害者)か抗争中勢力のプレイヤー。
 白文字は一般プレイヤーまたは味方プレイヤー。
 緑文字はビギナー。
 青文字はNPC――これは昨今のMMORPGで常識とされている区分だ。
「そうじゃないでしょ!」
「だったら――」
 クロウはあぐらをかきながら、改めて少女の頭上に視線を走らせた。そこにはレッドゾーンまで減少したHPバーと、“LIINA”という白い立体文字が浮かび上がっている。
「――そっちはなんなんだ? “リーナ”ってプレイヤーじゃないのか?」
「だから!」
「だいたいなに睨んでんだよ」
「睨んでないわよ!」
「へぇ――じゃあ普段から睨んでるような顔ってわけか」
「なっ――データいじってんのあんたの方でしょ!? どうせリアルじゃチビハゲデブの中年オヤジだから!!」
「残念。色と刺青以外は病院でスキャンしたままなんだな、これがまた」
「あたしだってそうよ!」
「へぇ、証拠は?」
「あんたこそ証拠見せなさいよ、証拠!」
 クロウは眉を寄せながらショートボブの少女――リーナを睨んだ。
 彼女も同様にクロウをにらみ返してくる。
 四方にあるドアのひとつが音を立ててせり上がったのは、まさにその直後のことだ。
 ギョッとした二人がドアに顔を向けと――
――SYUUUUUU…………
――GUUU GUUU…………
――GURURURU…………
 奥から濃緑色の肌を持つ身の丈一五〇センチ程度の人型クリーチャーたち――ゴブリンが三体、姿を現した。
「なっ!?」「うそっ!」
 クロウとリーナは慌てて立ち上がった。
 ゴブリンは棍棒だけを持つコボルトと違い、剣と盾で武装した強いクリーチャーだ。一対一でも苦戦を強いられたほどの相手である。それが三体も現れた。もう、それだけでも慌てるには充分すぎるが、さらにクロウもリーナも、クリーチャーが部屋を移動する瞬間に遭遇したのはこれが初めてのことだった。
 もはや言い争っている状況ではない。
――GUAAAAAA!
――KIAAAAA!
――SYAAAAAA!
 ゴブリンたちはクロウとリーナを認識するが早いか、雄叫びをあげながら突進を始めた。
「一時休戦!」
 クロウはブロードソードを放り出すが早いが、左肩を二度タップした。
「誰があんたなんかと!」
 リーナはバックラーを前に突き出しつつ、ブロードソードを構える。
「ったく、これだから女は……」
「女だからなによ!」
「……よしっ!」
 クロウはアイテムウィンドウから、あるボールオブジェを引き抜いた。《システム》はクロウの認識から戦闘中であると判断したのだろう、オブジェが引き抜かれると、ウィンドウは全て自動的に消えていった。
 間髪入れず、彼はボールオブジェを握りつぶした。
 グッと掌の中で何かがふくれあがる感触がある。
 直後、クロウの手には炎の刻印が施されている直径五センチの金属質なボールが出現していた。
「ちょっと、無視して――えっ?」
 ようやくリーナはクロウが何かを手にしていることに気がついた。もっとも、それが何であるか、彼女にはわからない。いや、同じものを見た記憶がある。確かクリーチャーを倒したあと、適当にアイテムウィンドウに収納していたドロップアイテムの中にこれと良く似た金属のボールが――
「っと……」
 一方、クロウの視界の中には二つの照準と予測軌道が出現していた。攻撃目標としてポイントされているのは、突進してくるゴブリン三体のうち、先行している二体ではなく後ろの一体のほうだ。その手前に浮かぶ攻撃阻止限界点は、先行する二体の間に浮かび上がっており、今のところ重なる気配はない。
 これらを認識すると同時に、彼の躰は自動的に動き始めた。
 例の“躰が勝手に動く違和感”があったが、クロウは全身の力を適度に抜き、《システム》の補助に躰を委ねた。
 金属のボールはサイドスロー気味に投げ出される。
 命中。
――ボフッ!
 後方の一体の腹部に激突したそれは、突如として爆発した。
――GYAAAAAAA!
 被弾したゴブリンは絶叫を轟かせながら背後に吹き飛び、せり上がったままのドアを通り抜ける寸前に粒子と化した。
「な、なに!?」
 リーナが驚きの声をあげる。
「マニュアルぐらい読め!」
 クロウはブロードソードを拾いあげ、流れるような動作で前に踏み出した。
「なによ偉そうに!」
――GUOOOO!
――ガキーンッ!
「いいから戦え!」
「戦ってるじゃない!」
――GUOOOO!
――ザシュッ! ガキーンッ! ドシュッ!………………


 戦いは思った以上に早く終わった。
「ふぅ……あぁ、レベが上がってたのか…………」
「レベ?」
「レベル。それより――バー、赤いぞ」
「あっ……」
 リーナはあわててアイテムウィンドウを展開させた。
「へぇ……」とクロウ。
「……なによ」
「いや、他人のウィンドウ、見えないんだなぁ……って」
「そうなの?」
「ほら」クロウもウィンドウを展開した。
「ホントだ――あっ、さっきのやつ、もしかしてコレ?」
 リーナが虚空に手を伸ばし、何かを掴んだ。途端、ボールオブジェが彼女の手の中に出現した。
「どれ?」
「だから、これ」
 差し出すリーナ。クロウは眉を寄せながら近づき、終いにはボールオブジェそのものに顔を近づけた。
「……なんで透けてないんだ?」
「うそ。あたしには――そっか。これもウィンドウと同じってこと?」
「ええっと……」クロウもアイテムウィンドウを操作した。「これ、ヒールクリスタル」
「……ホントだ。見えない」
「これなら?」
 クロウはボールオブジェを握り潰し、具現化させた。
「あっ、見える見える。えっと――」
 リーナも手にしていたボールオブジェを握りつぶし、金属製のボールを具現化させた。
「それそれ。“ボム”系アイテムってやつ。アイテムの投擲(とうてき)はスキル無しでもOKだから、やばいって時にはそれを使うってこと。マニュアルに書いてあったろ?」
「実はあんまり読んでなくて」
「うわっ、勇者。適当にやってたってわけ?」
「だってゲームじゃない。ゲームオーバーになったらなったで……」
「んっ?」
「えっと……」
「………………」
 ようやくクロウも意図を察し、急にバツの悪さと照れくささを覚えた。
 考えてみると実に奇妙な状況だ。不意打ちのように遭遇し、成り行きで共闘したあと、なぜか罵り合い、そこから再び共闘して、それが終わると普通に会話を交わして……
 クロウは横を向きながらガリガリと頭をかいた。
 リーナは少しだけ顔をうつむかせながら、一度具現化させたフレイムボムをボールオブジェ化――アイテムに触れたまま、もう片方の手でアイテムウィンドウのボールオブジェ化のオブジェをノックする――させ、再びウィンドウに収納した。
 改めてヒールクリスタルを取り出し、自分の胸元に押しつける。
 クリスタルが砕け、HPが回復した。
 妙な沈黙が続く。
 チラリとクロウを見上げたリーナは、さらに少しだけ考え込み――自分のHPが満タンになったというのに、もう一個、ヒールクリスタルを取り出した。
 さらに少し迷う。
 だが、無言のまま、手にしたクリスタルをクロウの背に叩きつけた。
 クロウが驚いたとばかりにリーナを見返した。
「助けてくれたお礼」
 リーナは頬を赤らめながら顔を横にむけるのだった。

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