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Deadly Labyrinth : The Automatic Heart

[02]


 冒険出発から一時間四十九分――

「うぉっと!」
 浩太郎――もとい、クロウ――は虚空に浮かぶ赤い照準に重ねるように、左腕のバックラーを大急ぎで掲げ上げた。
――KISYAAA!
 犬の頭に毛だらけの人の躰をした怪物――コボルトが棍棒を振り下ろしてくる。
「つぅぅぅ!」
 衝撃は盾を越え、骨まで響いた。
「ってぇなぁ、おい!」
 痛みに顔を歪ませながら、クロウは右手のブロードソードを振りかぶる。瞬間、コボルトの脇腹と、その少し手前に緑色の照準が浮かび上がった。
 脇腹の照準は目標点。
 手前の照準は阻止限界点。
 他にも攻撃者であるクロウには、ブロードソードの重心点から二つの照準を貫く、弧を描いた予測軌道の緑線が見えている。
(んっ……)
 急に躰が何かに引っ張られた。システムが彼の動作をアシストしているのだ。
 彼の躰は的確な動作でブロードソードをコボルトの脇腹に叩き込もうとする。
 コロシアムに放り出された直後は、この感覚にどうしても慣れることができなかった。だが、慣れてしまえばたいしたことはない。それでも余計な力がどうしても入ってしまう。今ひとつ躰の軸がぶれている気がする。
――GYAU!
 コボルトの悲鳴とサンドバックをバットで殴りつけたような手応え。見るとブロードソードの刃はコボルトの胴に食い込んでいた。
「ふんっ!」
 クロウは身を捻り、刃を抜き取った。切断箇所は赤い光りの粒子と化している――かと思うと、バシュッと音をたて、コボルトそのものが粒子と化して消え去てしまった。
 一撃粉砕。
 我ながら良く慣れたものだ――とクロウは内心、苦笑を漏らした。
 もっともこれが現実なら、肉と脂とが刃が抜かせてくれなかったはずである。ついでに切断面の醜さにも直面し、嘔吐していたかもしれない。だが、これは現実ではない。ただのゲームだ。『 WIZARD GUNNER ONLINE 』がそうだったように、血肉が飛び散るスプラッターな特殊効果(エフェクト)は『 WIZARD LABYRINTH 』にも実装されていない。
「ふぅ……」
 剣を腰に収めたクロウは、汗もかいていないのに右手の甲で額をぬぐった。
「なんなんだ、このゲーム……」
 半ば勢いで第一階層を歩いている。だがクロウは、最初に感じた妙な違和感を今だに引きずっていた。


 史上初のPV用RPG『 WIZARD LABYRINTH 』は、世界初のコンピュータRPG『 Wizardry 』へのオマージュとして製作された古典的迷宮探索型RPGである。ベースとなっているのは大人気FV用FPS系MMOPRG『 WIZARD GUNNER ONLINE 』――炎・風・氷・樹の四陣営に分かれ、各地の祭壇を巡るPvP(対人戦闘)を楽しむというもの――だ。同作ではプレイヤーが《炎術士》《風術士》《氷術士》《樹術士》のいずれかのクラスになり、各系統ごとに傾向が異なる多種多様な魔法を操りながら、熾烈な争奪戦をくりひろげることでゲームが進んでいく。クロウは『 WIZARD LABYRINTH 』が、このゲームの迷宮探索版だとばかり思いこんでいたのだが――
〈最初にお断りとお詫びがございます〉
 ナビゲーターが奇妙なことを告げてきたのは、キャラクターネームの登録を終えた直後のことだ。
〈現在、お客様に提供しておりますPV専用RPG『 WIZARD LABYRINTH 』は、マニュアルに記載されている“バージョン・アルファ・セブン”とは異なる“バージョン・ベータ・ゼロ”で起動しております。これは、先んじてアミューズメントパークで公開いたしました『 WIZARD GUNNER BATTLE-ROYAL 』に対する皆様のご意見を重視し、最後の最後まで作り込みを行った結果であるとご理解いたけますよう、よろしくお願い致します〉
(ふーん……)
 全てのソフトウェアがダウンロード販売される昨今、発売直後の大規模な修正パッチが加えられることもそれほど珍しいことではない。むしろ“発売後に作り込む”という悪しき慣習が定着しつつあるような状態だ。
「……で?」
〈それでは、このゲームの背景と目的を確認いたします〉
 ナビゲーターは語り続けた。
〈このゲームは全十階層ある地下迷宮の最深部に向かい、そこに立て籠もる狂魔術師ワーグナーから、奪われた《聖なる印》を取り返してくることを目的としています。暴君ボートレーと契約を交わしたあなたは、目的を達成するまで、この迷宮世界から抜け出すことができません。しかし目的を果たした際には、爵位を得て、地上に帰還することができます。ここまではよろしいですか?〉
 クロウは小首を傾げた。
 今の情報はマニュアルにも書かれてある基礎的な情報にすぎない。これがFVゲームならゲームの最初に必ず目にするオープニングドラマの中で告げられる内容のはずだが――
「まぁ……いいけど……」
〈それでは、キャラクターの初期状態を設定します。クラスを選択してください〉
 眼前にウィンドウが展開した。
 基本的なゲームシステムは『 WIZARD GUNNER ONLINE 』と同様のはずである。よって、そこには四種類の魔術クラスが表示されるはずだが――

《重戦士》全ての武具・防具を装備できるクラス。白兵戦に強い。
《軽戦士》様々な武具を装備できるクラス。スキルスロットルが多い。
《魔術師》主に攻撃魔法を使用できるクラス。一部の支援魔法も使用できる。
《聖職者》主に支援魔法を使用できるクラス。回復魔法を使用できる。

「――えっ?」
〈ウィンドウに表示されている中から選択してください〉
 ナビゲーターは無慈悲に選択を強いてきた。
「いや……えっと…………」
〈ウィンドウに表示されている中から選択してください〉
「ま、待て待て待て待て! なんだこれ? 戦士って――まさか殴りあいをやれって?」
〈白兵戦が苦手なプレイヤーには《魔術師》がお薦めです。また、《聖職者》は防具制限も緩く、支援魔法が充実しているため、縁の下の力持ちを好むプレイヤーに最適です〉
(そんなの、見ればわかるだろ!)
 クロウは眉をしかめながら、改めてウィンドウを凝視してみた。
 これが最初に言った仕様変更なのだろうか。それにしても、ゲーム性を根本から変えているとしか言いようがない大変更だ。
(いや、待てよ……)
 『 WIZARD GUNNER 』シリーズの売りは派手な魔術戦だ。『 WIZARD GUNNER BATTLE-ROYAL 』にしても、飛行魔法で空を飛びつつ、一瞬で無数の照準を敵にあわせ、雨霰(あめあられ)と魔術弾を打ち込む瞬間――またはそれを全て打ち落とす瞬間――が格別らしい。少なくとも彼が愛読しているゲーム系ニュースサイトのレビューではそう書かれていた。
 だが、白兵戦を望む声が無かったわけではない。
 ここ半年は家の手伝いに明け暮れていたため、詳しい情報を集めてはいないが――
(要望が大きかったってことか……いや、だとしても……)
 昨今のMMORPGのシステムはプレイヤーの技量が問われる“マニア仕様”が常識だ。『 WIZARD GUNNER 』シリーズも例外ではない。だが、白兵戦を大規模に導入するとなれば、どういうことになるだろう?
 事実上、スポーツの得意なプレイヤー、それこそ武道の経験者が最強になってしまう。
(それはないよな……)
 いくらPVの一般化を狙ってるといっても、『 WIZARD LABYRINTH 』は誰がどう見てもマニア向けのゲームである。古今東西、文系マニアの大多数は、運動が苦手と相場が決まっている。シューティングゲームの延長線上にあるFPSならまだしも、そんなニーズとコンセプトが合致しない作品を世に送り出すわけがない。
(まさか……)
 クロウは顔をあげ、ナビゲーターを見上げた。
「マニュアル、表示できる?」
〈マニュアルを表示します〉
 クロウの左手に巨大なウィンドウが出現した。電子化されたマニュアルだ。
「っと……」
 小刻みに次頁のオブジェをノックしていき、ページを先へ、先へとめくっていった。
(――やっぱり)
 案の定、『 WIZARD LABYRINTH 』は廃人仕様――より長い時間遊んだプレイヤーが有利になるシステム――を採用していた。
 敵や他のキャラクターを倒すと経験値が入る。
 累積経験値が一定値に達するとレベルが上昇し、HPやMP、最大スロット数が上昇する。
 鍵開けなどの特殊行動や魔法などの特殊攻撃は全てスキルで処理される。スキルにはレベルが設定されており、最初は〇レベルだが、使いこなすと最大一〇〇まで上昇する。
 スキルにはスロット数が定められており、合計スロット数が最大スロット数以下であれば、自由に付け替えができる。
 スキルはスクロールを使用することで覚える。スクロールは店舗で買うか、クリーチャーを倒して手に入れるか、宝箱から入手するしかない。また、クラスに応じ、習得できるスキルが変わる。
 レベルなどの諸条件をクリアーすると、上位クラスに転職することができる。上位クラスはHP、MP、最大スロット数、習得可能スキルが変わる。武器・防具の中には、特定の上位クラスでなければ装備できないものもある。
「……マジかよ」
 クロウはガクッと項垂れた。
 随分前、『 WIZARD LABYRINTH 』の前準備とばかりに複刻された『 Wizardry 』に触れたことがあったが、そのゲームシステムも今でいう廃人仕様そのものだった。
「こんなところにオマージュ捧げんなよ……」
 今後予定されているPV用MMORPGは『 WIZARD LABYRINTH 』の拡張版だとアナウンスされている。そこにきて、クロウはこれでも中学三年生、正確には始業式が始まればの話だが、高校受験を控えている身の上である。そんな人間にとって、史上初のPV用RPGが廃人仕様だったというのはショック以外のなにものでもない。
〈キャラクターの初期状態を設定します。クラスを選択してください〉
 ナビゲーターは無情にも機械的な声を投げかけてきた。
「あっ……はいはい…………」
 こんなことなら他のゲームのチケットを購入するべきだった――などと考えつつ、項垂れたクロウは適当に手を伸ばし、掴んだボールオブジェをグイッと押し込んだ。
〈《軽戦士》でよろしいですか?〉
「ああ、いいよ、いいよ」
〈それでは《軽戦士》の初期装備を配布いたします〉
 直後、クロウは全身にザワリとした妙な感覚を覚えた。バミューダパンツにTシャツという彼の服装が一変したのだ。
 上から、肩当てと一体化した焦茶色のブレストレザー、手首まで覆う長袖の黒いTシャツ、足にフィットした薄茶色のレザーズボン、膝下まである焦茶色レザーブーツ。おまけに左腕には直径三〇センチはありそうな円形の盾――バックラーの留め具が通されており、左腰にはズシリと重いブロードソードが下がっていた。
「へっ?」
〈なお初期スキルは《ワンハンドソード》《パリング》《マッピング》です。レベル1における限界スロット数は三つですので、自動的にセットされた状態から始まります〉
「自動って……」
〈チュートリアルを進めてもよろしいでしょうか?〉
「あ〜、え〜っと――」
 それぞれのスキルについて説明して欲しい――と言おうとしたが。
〈チュートリアルを進めます〉
 ナビゲーターは「あ〜」を承諾の言葉として認識していた。
 下手にゲームマニアとしてコンピュータの知識を持つがゆえに、彼は瞬間的に“初期バージョンでお約束のバグの一種”と認識してしまった。だが、本来ならこの時点で異変に気づくこともできたはずだ。思考すらインプットとして利用するPVにおいて、自然言語インターフェイスのバグが生じる可能性など、限りなくゼロに近いはずだということを。
〈それではコロシアムにご案内いたします〉
 ナビゲーターは無情にも言葉を続けた。
「ま――」

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